2007年01月31日

【第026章】

 実家の親父から電話が来た。何か激しく怒っている。最初、なんのことか判らなかった。金がどうしたとか言っている。
 《ヤクルトを飲んでいた》のがバレたのかと思ったが、俺はその時点で負債はなかったし。
 結局、違った。
 親父が興奮して言うのはこういうことだった。
 N島の母親から、俺の実家に電話が来た。いわく「息子の《入学金》をどうしてくれる」というのだ。
 N島は《入学金》として親から受け取っていた金を、この俺に泣きつかれ、そっくり貸したんだと。それが帰って来ないのは、どういうことかと。
 事実無根だ。
 アタマに血が上った。
 こういう誤解を、興奮している相手に説明するのは非常に難しい。エネルギーを消耗する。
 しかも話の性質上、相手がすっきりと「なんだ、そうなのか」と言うところに落ちないのがいまいましい。
 それでもなんとか、そういう事実はまったくないことを親父に判らせた。
 取り次ぎの黒い電話(ダイヤルのところがのっぺらぼうになってる受信専用のやつ)を離れ、娯楽室のピンク電話に駆けつけ、N島にダイヤルした。話し中で、すぐにはつながらなかったと記憶している。

 結果、次のような話だ。
 N島は、前期の授業料を予備校に振り込んだあとすぐに通わなくなり、退学届けを出しつつ払い戻しを要求した。予備校はN島の親のサインと印を欲しがった。N島は難なくそれを偽造して、いくらかの払い戻し金を手に入れた。

*あいつはその手の偽造がはなはだ得意で、高校時代には悪い仲間と「定期券」を偽造していたほどだ。カラーコピーもない時代。とはいえ既存の定期の改変なんかじゃない。やつらは定期を《色鉛筆》で作った。しかも、これは思い出すと今でも笑ってしまうんだが、下地をうっすらぼかして塗るなんて作りじゃなく、「札幌市交通局」の六角形のマークをいちいち何千個も手描きしていたというんだから恐れ入る。俺は実物を見たが、それは山下清のちぎり絵みたいなしろものだった。本来きっちり並んでいるはずの地紋は、芸術的に歪んでいた! やがてそれはバスの運転手に見破られ、とんでもない事件になったんだったが、それはまたの機会に。

 味を占めたN島は、親からもらった後期の授業料をそっくり自分のものにした。そしてそれはたちまち、やつの遊蕩に消えた。
 窮したN島は、何を思ったか「志望している大学が入学金の預託を要求している。今なら割安になるうえ、入学にも有利になりそうだ」とかなんとかクリムゾンレッドな嘘をつき、親からさらに大金をせしめた。
 ところがタイミング悪く、やつが通っていた予備校から家宛に、遅ればせながらの退学の確認書が届いたのだ。
 混乱した母親はN島を問いただした。
 こういう時のN島は、めちゃくちゃにアタマが回転する。まして、こう言ってはなんだが、N島の母親は、仲間内でも有名なほどエキセントリックな人だった。かつ教育ママで、そのくせ、過保護で親バカだった。
 N島は言ったんだろう。
「ママン、ごめんね。ともだちが、事故を起こしちゃって、大変な目に遭っていたんだよ。ボクは見過ごしておけなかったんだ」
「じゃーあなた、予備校やめていたってわけナノ?!」
 最初から、行ってないっつーの。
「仕方なかったんだよ、ママン」
「なぜ! なぜなのよ! それで、大学の入学金はどうしたの? いま入金しないと、いけないんじゃないの? お金は返してもらったの?!」
「それが、返せないって言うんだよ、ママン」
「誰なのよ! その悪い友達は!」
「タカギ」
 推測だが、おおむね間違ってはいないはずだ。そんなやりとりがあったんだろう。
 「うちの子に限って」とは、この母親のためにあるような台詞だな。
 クレイジーなN島のママンは、とりもなおさず俺の実家に電話をかけ、ねじ込んできたというわけだった。

「ざけんじゃねえ、この野郎!」と俺は激怒したね。
「いやー、すまん」と、N島はあやまり慣れているんだな。「いやー」のところに何とも情感がこもっている。
「よりにもよって、そんなところで俺の名前を使いやがって!」
「いや、一番説得力があると思ってさ」ぬけぬけと、そうぬかしやがった。「いや、ほんとにスマンカッタ」
 
 たしかに一緒に馬鹿な遊はしていたが、それとこれとは別だ。
 この事件をきっかけに俺はN島に非常に腹を立て、気分は絶交状態だった。
 同じ頃、別の事件もあった。
 
 やはり寮の電話で呼び出され、出てみると、押し殺した声が聞こえてきた。
「オレだよ、わかる?」
「誰だ?」
「蛸山です」
「おー、タコか! 何してるんだ」
「会って詳しく話すよ」
「どしたんだ。なんかあったのか」
「会って話す。行っていいか?」
「寮にか? いいけど、今どこなんだ」
「いや、それが、言えんノダ」

 謎めいた電話の一時間後くらいだったろうか。もう深夜だったが、タコこと蛸山が現れた。
 長髪がひたいに垂れかかった暗い顔の男が一緒だった。
 見るとタコの姿も、なんだか薄汚れてみすぼらしい。首に汚いタオルを巻き、小さなくたくたのバッグを提げている。
 現場仕事でヘトヘトになった帰りのようにも見えた。

 部屋に招き入れてウイスキーを出してやった。それがぴったりのように思えたのだ。
「俺たち、クサくないか?」と蛸山が言った。
「いや。クサくはないけど」
「そっか。ならいいんんだけど」
「肉体労働か?」
「肉体は肉体だけど……ありゃ、労働かねぇ?」と蛸山は長髪の男を振り返る。
 長髪はさっきからうつむいたまま無言。自己紹介をするわけでもないし、蛸山が紹介するわけでもなかった。
「ガス銃で撃たれてさ」
「はぁ?!」

 蛸山はN島同様、高校時代の同窓生だ。名前とその風貌が妙にマッチしていて、俺たちは自然に《タコ》と呼んでいた。
 やつは元々アタマの出来がよく、理系文系ともに良くできた。その点では、ギリギリ滑り込みで入学できたN島とは大違いだ。
 タコは読書家でもあり、特に冒険小説などには詳しかった。いろんなことを理解するのが早く、受け答えも当意即妙で、俺にとっては知的好奇心を満足させてくれる大切な友人だった。
 タコは現役で東北大学に入った。理学部地学科とやらいう、わけのわからない学部だったが、やつの興味はそこにあったんだろう。
 ところがタコの家は、すでにぶっつぶれてしまった寿司屋で、やつの家はとてもじゃないが裕福とはほど遠かった。
 俺と同様、いやむしろもっとせっぱ詰まった事情で、やつは東北大学の学生寮に入ったんだったが、ここがいわくつきだった。
 あえて名前は出さないが、その寮はある過激派セクトの巣窟として有名なところだったのだ。
 詳しいことはいつかタコが書くだろうと思うが、寮内には学生の年齢を遙かに超えた《活動家》が出入りし、寮生は毎日のように集合させられては《オルグ》をかけられていたらしい。
 その日が初めてだったのかどうかは知らないが、連中は投擲用の瓦礫や鉄パイプとともにトラックに乗せられ、仙台を出発した。行き先は、未だに紛争の名残のようなことをやっている、成田空港だった。
 時代を間違わないんで欲しいんだが、そのころすでにそんな紛争など、アナクロもはなはだしい話だった。時代はバブル。ボディコンシャスな服を着た女たちが、お立ち台で扇子を振り回しているころさ。
 過激派は機動隊に向かって、角張った石つぶてを投げつけた。
 機動隊は、水と、そしてガス銃で応戦した。
 タコとその相棒である長髪とは、望みもしないその戦いから早く逃れだしたかった。過激派の一団(といってもたいした人数ではなかったことがまたやっかいだったらしいが)から離れ、機動隊と仲間の双方から追われるように逃げてきたのだと言うことだった。

「バカか?」と俺は言った。「何やってんだおまえら」
「オレだって、望んだことじゃないんだよ」
「で、なんだ、そっちのおまえだよ。おい」俺は長髪に向かって言った。野郎はちょうど、ウイスキーの入ったグラスを口に運ぶところだった。「さっきから、挨拶もしねえで人の酒黙って飲んでばかりいやがってよ」
「まあ、待ってくれ」とタコ。「こいつ、口がきけないんだよ」
「んなわけねえだろ」
「いやほんとなんだ。もともとおとなしいやつなんだけど、今朝トラックに乗る前からもう、ふるえちゃって。それから、口がきけなくなっちゃったんだよ。ほんとうだ」
 長髪は、うなずくわけでもなく黙ってる。でもちゃっかりウイスキーは飲んでいたな。
「わかった。タコがそう言うならそれは信じるよ。けどな、ここを隠れ家にされちゃ困るのはわかるよな」
「わかる。隠れ家にする気もないよ」
「隠れ家にしてんじゃねえか。コソコソ電話してきて『どこにいるかは言えない』だと? ふざけんな」
「いや、すまん。そういう気持ちにもなるのよ。わかってくれ」
「そもそも、いやだいやだなんて言いながら、カブレてんだよ。おまえも、そこのそいつも。過激派ごっこによ」
「かもしれん」とタコはうなだれた。「けど、とにかく俺はやめるよ」
「何をだよ」
「こういうこともそうだし、学校もやめる」

 しかしまた、こういうシチュエーションっていうのは、男のコなら、どっか求めているんじゃないかな、と思う。
 旧い友人がお尋ね者になり、官憲や仲間に追われて、自分のもとに逃げ込んでくるという絵柄。
「腹はへってないのか?」
「いや、駅前で牛丼食ってきた」
 意外としっかりしていやがる。
「寮の風呂が沸いてるけど、さすがにおまえたち二人が入ってると怪しすぎるから、銭湯でも行ってこいよ。汚すぎるぜ」
「わかった。そうするよ」
 俺は銭湯までのこみ入った道筋の地図を描いてやった。

「で、ひとつ、はっきり言っておくぜ」俺は大げさにしかめっ面をしたもんだった。「タコ、おまえは俺の旧いダチだ。それは今も変わらない。でも、そっちのそいつは、まだ名前も聞いてないけど、タコ山の友達か後輩かしらんが、俺の友達ではない。おまえたち、困ってるのは判る。だから今日は二人とも、ここに泊めてやる。でも、明日になったら、そっちのおまえは、悪いけど、出ていってくれ。いいか?」
 ここで初めて、長髪はうなずいた。
「わかった、出ていくよ」とタコ。
「いや、タコはいつまでいてもいい。というか、おまえはむしろ、ここにしばらくいろ。つもる話もまだまだあるし」
 「友達の友達はみな友達だ」って、今もやってるのか? 当時はそれが大流行だった。が、俺にはその長髪野郎はどうしても受け入れられなかった。

 翌朝、長髪は部屋を出て行くとき、ぺこりとお辞儀をし、
「お世話になりました」とはっきり言ったんだった。
 かわいそうなことをしたかな、と少し思った。
 蛸山は、長髪を駅まで送ってくると言い、二人は出ていった。

 すぐに戻ると思ったんだが、二人は、いや蛸山は、なかなか戻ってこなかった。俺は少し不安に思った。
(俺があんまり厳しいこと言ったんで、二人で逃げたかな)というわけだ。
 俺は蛸山が置きっぱなしで行ったヨレヨレのバッグを開いてみた。文庫本が数冊と、某過激派のヘルメットが入っていた。
 しかしやがて、蛸山は一人で戻ってきた。
 ツルツルのスキンヘッドになって!

「なんだそれ!」
「いや、俺の反省の証だよ」
「反省っておまえ」
「いや、タカギに対してどうこう言うんじゃないんだ。オレ、いずれにしても、やり直したかったんだよ」蛸山はそう言いながら、頭をなでさすった。「似合ってる?」

 それから蛸山はしばらくの間、俺の寮にいた。
 寮では基本的に、男子である限り、外部の友人を泊めることは許可されていた。
 それでも蛸山のスキンヘッドはあまりに刺激的だったので、俺はやつを《暗黒舞踏をやっているやつ》ということで周りに紹介したんだった。ガス銃のことなどは、もちろん黙っていた。
 蛸山は、さすが寿司屋の息子だけあり、米の研ぎ方が上手だった。俺が電気炊飯器など持っていないことを知ると、
「だいじょぶだいじょぶ、鍋の方がうまいんだこれが」などと言いながら、携帯用ガスコンロで上手に炊飯した。
 駅ビルの地下に「肉のハナマサ」があるのを知ると大興奮して、安くてうまい食材を仕入れに行った。 
 やがて先輩後輩を問わず寮の連中とも仲良くなり、「タコさんタコさん」と慕われるようにすらなった。
 後で聞いて驚いたのだが、すでにそのころは堂々と入るようになっていた寮の風呂で先輩などに会うと、
「タカギがいつもお世話になっとります」なんて言いながら、背中まで流していたそうだ。
 ただし、寮監がいる日中だけは、基本的には俺の部屋でじっとして、読書などにふけっていたようだ。

 そんなある日、俺が部屋に戻ると、蛸山が、
「電話きとったぞ」
「インターホン?」
「うん。だから、代わりに出た」蛸山はそれくらい寮になじんでいた。「女だった。後でまたかけるって」
「大野って言ってなかった?」
「いやすまん。名前は聞きそびれたよ」
 珍しいことではあるが、祥子に違いなかった。
 そのころ、レッスンだオーディションだと言いながら、祥子はしばしば学校を休んでいたので、しばらく会っていなかった。
 俺は娯楽室のピンク電話に駆けつけた。

「仕事が決まったの」と祥子は言った。うれしそうな口調だった。
「どんな仕事?」
「銀行」
「ほう」
「ポスター撮影」
「やったじゃん。初仕事か?」
「そう」
「ギャラはいいのかな」
「それは聞いてない」
「とにかくおめでとう」
「ありがとう」とずいぶん素直な口調だった。
「んじゃ、撮影が終わったらお祝いしような」
「そうね。わたしがおごるから。何がいいか考えておいて」
「うん。なんか御馳走を考えとく」

 俺はご機嫌で部屋に戻った。なんだか少し、寂しい感じもした。
 部屋では、いつのまにどこから持ってきたかわからない小さなテーブルに、蛸山の手料理が並んでいた。
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2007年01月30日

【第025章】

 三十分後、俺たちは、明治通りと青山通りのちょうど間くらいにあるビルにいた。
 「O」の事務所。
 誰もが知ってる有名タレントから、どっかで見たことのあるようなモデル……いろんなポートレートが飾られている。
 事務所は華美ではなく、むしろ地味な印象だった。
 ノックの後で、すらりとした男が姿を現した。濃紺のスーツを着ていて、浅黒い細面の顔。

「よかったですよ、今日来てくれて。ちょうど部長がいるんで」
 その男は俺に挨拶するわけでもなく。
 もちろんそいつが《白井》であることは、聞かされなくてもわかった。
 何だったか忘れたが、白井はずいぶん馴れ馴れしく祥子と話した後で、わざと間でも取っていたかのように俺を手のひらで指し、
「お友達?」ときた。
「はい」と、応える祥子はまとも。ずいぶんまともだ。
「どうも初めまして。《O》の白井と申します」とここでやっと名刺が出てきた。
「タカギと申します」

 ノックもなくドアが開き、黒いスーツを着た女性が姿を現した。五〇歳前に見えたが、何しろ若造の感覚と、当時の記憶だ。さだかじゃない。
「初めまして」と女性はやたらとキビキビした声で言った。「《O》の、中江と申します」
 名刺は出さなかった。
「あなたが……」と祥子に向き直り、白井を見やる。
「大野さんです」と白井。
 ここでお辞儀をしつつ名乗るべきだと思うんだが、祥子はあいまいな笑みを浮かべたままだ。
 なんとも洗練されていないな、と思ったことだった。
 だが、よく考えてみるまでもなく、ここで一番浮いているのは俺。
 そのレーゾンデートルが判らない。
「大野さん?」と尻上がりに、中江女史。「あなたこれまでこういうお仕事、モデルさんのご経験は?」
「あの、はい……」野暮ったい声だった。「雑誌の表紙に、載ったことがあります」
(雑誌名を言えよ!)と俺は思った。(フォトグラファーの名前を出せよ!)
「まあ、そう。何度? 一度だけ?」
「一回だけです」
「そうなのね」
 
 中江女史はそれから祥子に、日々の生活のことやら学校のこと、何に興味があるか、好きなものきらいなもの、そんなことを、とりとめもないような様子にいっけん見せかけながら、聞いたんだった。
 祥子の答えは要領を得ず、まるで相手の聞きたいことを認識していなくて、俺は何度も、口を挟みたくなった。
 ある程度のことを聞き終えると中江女史は、
「ありがとうね。でも、ここまでは雑談なの」と、魅力的に微笑み(年齢には関係なく、それは実に美しい微笑だった!)「あなたにはあちらで、あらためてお話を聞きながら、ちょっとお写真も撮らせていただきたいの。よろしいかしら」
 ここでやっと、俺は、口を開く機会を得た。
「では、僕は、ここで外させていただきますね」
「あら、いいのよ。おつれ様はここにいらして。大野さんにはあちらに来ていただくけれど。ちょっとお時間をとらせるかもしれないけれど、どうぞいらして」と、白井に向き直り。「白井くん、コーヒーでも出して差し上げたら?」
 白井は無言で立って、出ていった。
 中江女史に伴われ、祥子は部屋を出て行き、俺は一人になった。
 
 やがてコーヒーが運ばれてきたが、持ってきたのは白井ではなく、素晴らしいプロポーションの女性だった。もっとも、中江女史と同じように、黒いパンツスーツに身を包んでいた。
 コーヒーと入れ替わりに白井が現れ、俺の目の前に、どっかと腰を下ろした。

「カノジョなんスカ?」と、ニヤニヤ笑いながら言った。
「まあね」
「そスカ」白井はポケットから、なんだったかな、パーラメントかなんか、軽いタバコを出して火をつけ、強く煙を吐いた。「彼女、大野さん、たぶん使えるっスヨ」
 《使える》という表現は、正直、ひっかかったが、まあ、業界の専門用語なのだろうと解釈してやった。
「あ、そうですか。ならいいけど」
「ま、でも、今のままじゃ、ねぇ?」と、タバコを口に、上目遣いに、同意を求める調子で。「彼女、出身はどこスカ?」
 その質問はさっき中江女史がしていたはずだが。
「三重です。……と聞いてます」
「三重ねえ。いたなあ、三重出身のコ」
 俺は、それまで我慢していたんだったが、セブンスターを取り出した。
 くわえると、白井が素早く火をつけてくれた。
 男が二人、向かい合ってタバコをくわているとき、そこにあるのはたいてい、くつろいだ友情か、押し隠した敵対心だ。
 だがまあ、向こうは、女の子を扱うプロだ。キャバクラのスカウトとは違うにせよ、百戦錬磨、俺には見えないものも見えているに違いない、と思った。
 つまり、内心で少しは敬意を払ったつもりだ。

 ドアが細く、しかしいきなり開いて、中江女史が現れた。
「あなたここにいたの?」と、いくぶん強い口調で白井に。
「あー、今出るところでしたー」と、白井はタバコをもみ消しながら立ち上がった。「じゃ、また。機会があればお会いしましょう」と言い残し、中江女史と入れ替わるように部屋を出た。
 
 祥子も一緒かと思ったが、違った。
 白井が座っていたのとは別のソファに、中江女史は腰を下ろした。俺とは斜め向かいになる。
 俺は膝を中江女史に向け、座り直す。
「今、写真撮影中。って言っても、ポラだけれどね。もうすぐ終わると思いますよ」中江女史は、体を背もたれにあずけ、少しリラックスした風を装ったように見えた。「おつきあいは、長いの?」
「そうでもありません」
「あの子……」と中江女史は、ずいぶん素直に吹き出した。「変わってるわね」
 俺は、なんだか理解者を得たような気がした。

 俺の表情はゆるんだんだろうか。中江女史はそれをとがめようとしたんだろうか。
 少し、固い声になった。
「本当は、あなたとも話さなくちゃいけないのよね」
「はあ」
「彼女はおそらくこのお仕事はやっていけそうな感じだけれど、なんというのかしら」と、女史は指を組んで。「それには、周りの環境というのは大事なのよ」
「はい」
「それは、学校との両立を含めて、ということもあるし、どういう人と付き合っていくのかということも大事なの」
 俺は、中江女史の言うことが、ピーンと判った気がした。
 その上で、俺自身が中江女史の中では、ひとつの《ワルスジ》に思われているんじゃないかと、懸念、いや、落胆した。
 俺がとった言動は、卑怯だったかも知れない。
「ちょっと聞いて下さい」と言ったんだった。「僕は、実は、大野さんの、彼氏なんかではないんです」
 中江女史は首をかしげた。
「同じ大学なのよね?」
「そうです」
「私が言うのは、そんなに深い意味なんかじゃないのよ」
「わかってます。ただ。彼女には、ホンモノの彼氏がいるんですよ」
「あら」と女史は目を細め、「三角関係?」
「いや。三角関係ですらないんです」
「どういうこと?」

 俺は祥子との簡単ないきさつと現在の関係を話した。それと同時に、本堂正一のことも話してしまった。
 中江女史の顔は、とたんに曇った。
「それは彼女からは聞いていないわ」
「自分からは、言わないかもしれません」
「いいえ聞いたのよ、私は。その点についてはね。……聞き方が悪かったのかしら。あなたを想定していたものだから」
「違うんです。僕じゃないんです」
「それは大事なこと。……すごく大事なことよ」
 言うまでもなく、《俺じゃないこと》が大事なわけじゃない。

 中江女史は、組んだ指先を鼻に当て、テーブルに視線を落とした。
「あなたは、その相手に、会ったことはあるのかな?」
「一度もないです」
「どうするのかしら」
「わかんないです」

 コーヒーを運んでくれた美しい女性に伴われ、祥子が戻ってきた。
 黒い服どうしだったが、いっしゅんの見かけ上は、姫とその従者という感じだ。
 けれど俺にはすでに、洗練されたスーツの女性が、田舎娘を案内しているようにしか見えなかった。
 そして俺は、田舎の花婿。
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2007年01月29日

【第024章】

 けっきょく俺がアルバイトをしていた翻訳会社は「ひびき印刷」に吸収された。
 何人かそれをいさぎよしとせず辞めたものもいたが、その他はすべてその決定に従った。
 鶴巻町のオフィスは解約され、江戸川橋の「ひびき印刷」の中に、一室をあてがわれた。
 俺は意思確認されることもなく、そのままなしくずし的に「ひびき」の一員となった。
 変わったことと言えば時給だった。
「こんなに払っていたとはな」
 帳簿を見ながら「ひびき印刷」社長のO村氏は苦々しげにつぶやき、否応なく俺の報酬は下げられることになった。おそらくアルバイトの俺だけではなく、全員がそうだったに違いない。

 大野祥子とは相変わらず会っていた。
 俺たちは何を話していたんだったか、記憶がない。
 文学や映画に関して、俺たちの好みに共通点はひとつもなかった。
 俺は彼女の趣味に歩み寄ろうとしたのだったが、かなわなかった。
 いっぽう祥子は、俺の趣味などにはまったく興味がなさそうだった。
 ただひとつ、俺たちの間でよく話題になることと言えば、それは彼女の《美貌》だった。
 俺は飽くこともなくそれを話題にしたし、祥子もまた照れる風もなく、それに応えた。
 ただ、俺は、相変わらず彼女の服装の趣味がいいとは言えず、その美貌やプロポーションを維持するために何の努力もしていないことが、気にかかっていた。
 まあ、彼女も若かったということかもしれない。

 そのころ俺たちの遊び場は、高田馬場や新宿ではなく、もっぱら神宮前・青山近辺だった。
 かつてN島がそうしたように、俺は手持ちに余裕さえあれば、彼女に服やアクセサリーをプレゼントした。
 彼女が選ぶものはいつも、俺の頭をキリキリさせるようなものばかりだったが。値段のことではなく、その趣味で、だ。

 それが日曜日だったことは、はっきり覚えている。
 俺たちは正午に原宿ラフォーレ前で待ち合わせていたんだった。
 寮の部屋で目覚めたのはすでに11時半を回ろうという時刻だった。電車で向かったのではとても間に合わない。他にどうすればいいと言うのか。
 名案が浮かんだ。
 隣の部屋に住む、ひとつ後輩のヤスジマだ。
 ヤスジマは先ごろ250tのオートバイを手に入れ、ご機嫌の最中だった。
 俺はヤスジマの部屋に飛び込み、原宿までひとっ走りしてくれるように頼んだ。
 ヤスジマは快く、引き受けてくれた。

 ヤスジマがオートバイを手に入れた経緯には、馬鹿げた話がある。
 色気のない男子寮での東京暮らしを始めたヤスジマは、ホームシックになった。
 寂しさを紛らわせるためヤスジマが向かったのは、入学式の時に親父が連れて行ってくれた目黒のスナックだった。その店でヤスジマの親父は、
「東京ではな、女には気をつけろ」と言ったんだそうだ(それはおそらくヤスジマと同じような、ベタベタな長崎弁だったことだろう)。
 ところがヤスジマは、その店に通い詰めるようになった。
 店の女の子に恋をしたのだ。
 その子は、看護婦だか准看護婦だったか、もちろん夜の店はパートタイムの仕事ということだった。
 たしか家庭教師だったと記憶しているが、ヤスジマはアルバイトのすべてと仕送りの大部分を、店につぎ込んだ。
 やがて彼女は言ったそうだ。
「店にお金を落としてくれても、ぜんぶオーナーのものになっちゃうんだから」
 そんなわけで、ヤスジマは店ではなく、外で女と逢うようになった。
 やつが指折り数えて言うには、約300万を、女との食事やプレゼントにつぎ込んだそうだ。
 ところが、女は看護婦でもなんでもなかった。そればかりか、ワルスジの男がついていた。
 女もグルだったのかそうではなかったのかは判らないが、ある日ヤスジマはその男にボコボコにされた挙げ句に学生証と免許証、マルイのカードが入った財布を取り上げられ、
「返して欲しいなら、百万円持ってこい」と言われた。
 立派な強盗かつ恐喝だと思うのだが、ヤスジマはそれを警察に届けるのではなく、自分の親父に話した。よほど強い絆に結ばれた親子なんだろう。
 ヤスジマの親父は、100万をすぐさま口座に振り込んでくれたばかりか、
「だから女には気をつけろと言ったろう。これからは青春をもっと別のことに振り向けるように」と説教した。
 それがどこでどうつながるのか俺には不可解なんだが、
「したっちゃ、バイク買ってくれたとです」とのことだった。
 いやはや。

 ヤスジマの真っ赤なSUZUKIは、池上通りを上り、山の手通りを北上した。
 車線と車線の間を突っ走ったり、長物を積んだトラックの後ろで急に車線変更したりして、ヤスジマは俺のキモを冷やしてくれたが、運転は上手だった。
 中目黒を過ぎ、246に近づいたあたりだったろうか。まだ目黒区を出ていないところだ。後ろでスピーカーの音とサイレンが同時に響いた。
「二人乗りの赤いオートバイ、停車しなさーい」
 目黒という土地は、やつにとってよほどの鬼門だったと言える。
 黄色い車線をまたいだことと、速度超過という違反らしかった。
 申し訳なかったが、脱いだヘルメットをヤスジマの胸に押しつけ、俺はタクシーを拾った。

 神宮前の歩道橋下あたりで渋滞し、俺はもどかしく車を降り、走ったんだった。
 ラフォーレについたのは、12:30を少し回った頃だと記憶している。

 祥子はいなかった。
 俺は地面を蹴ったな。
 確かに俺が遅れたのはいけないが、何度も言うように、ケータイのない当時、そんなことはよくあったのだ。
 30分待つのは当たり前だった。時には、1時間でも2時間でも。
 それが相手との距離や力関係を測るひとつの尺度と言えないことはなかったが。

(彼女のはたしかに、30分は待ったのかもしれない。ここを立ち去ったのは、ほんの数十秒前なのかもしれない)
 俺は気を取り直し、これまで祥子と行ったことのあるカフェを、近い順に巡っていった。
 どこにもいなかった。

 なんとも言えない気分で途方に暮れ、元の待ち合わせ場所に戻ったのは、一時間後くらいだったろうか。
 俺は天使を見た。
 まさにそれが待ち合わせ時間とでも言うように、祥子はそこに立っていたのだ。
 黒い天使。
 彼女が着ていたのは、黒いフェイクファーのショートコート。そして、牡蠣殻みたいにひだが寄り、膨らんだ、これも黒いスカート。そして黒のタイツに黒いロングブーツだった。

「どこ行ってたんだよ!」と、俺は言った。もちろん、笑いを含んでたさ。
「遅いわよ」と祥子は言った。笑いは含んでいない。

 聞くと、彼女は約束の時刻に待ち合わせ場所についたそうだ。
 もちろん、俺を待つ気はあったらしい。
「でも、声をかけられたのよ」
「誰に」
「男の人」
「はぁ?」
 俺たちは、俺が彼女を捜して巡ったカフェの中のひとつで向かい合っていた。
 黒い内装。当時流行っていた、カフェ・バーのたぐいだ。
 祥子だけではなく俺も、黒の革パンツに、黒地に色とりどりのビーズがびっしりついたポロネックのシャツ、そして黒い革ジャンだった。
「で、ついてったのかよ」
「スカウトだったのよ」
「スカウトだぁ?」俺の中に、黒い感情が込み上がってきた。「そんなのナンパに決まってんじゃないかよ」
「そうじゃないよ」
「そうじゃなくないよ。そんなのについてったのかよ」
 祥子は笑った。例の、唇をねじ曲げるような、皮肉っぽい笑いだ。
「遅れたのはあなたでしょ」
「そらそうだけど」
「それで結局あたしはここにいるじゃないの」
「まあ、そうだ。それにしてもしかし」
 祥子はハンドバッグをまさぐった。残念ながら、これは黒ではなく、いかにも不釣り合いなブルーだった。
「これ見て」
 祥子が取り出したのは、名刺で、そこには「O」という社名とともに、「白井」という名前があった。
 おれはそれを手に取り、眺めた。
「こんなものは何のあてにもならないよ。そもそもなんだ、この会社」
「知らないの? 有名な事務所だけど」
「こんなん、いくらでも自分で作れらあ」
 もっとも、今のようにプリンターが手近にある時代でもなく、その名刺は派手ではなかったが、ピンとした紙に印刷された立派なものだった。
「来週中にオーディションていうか、面接を受けることになったから」
「そんなん、詐欺かなんかに決まってるって。そりゃ確かに、君はスカウトされてもおかしくはないと思うし、実績だってあるけどさ。これはいかにも怪しいぜ」
「そんなに言うなら」と、祥子は怒りを含んだ声で言い返した。「ここの番号に、あなた今電話してみてよ。面接は別に、今日でもいいらしいし……。あなたとの約束があるからって、日を改めたのよ」
 俺はその名刺をひっつかんで、店の電話に向かった。
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2007年01月28日

【第023章】

 前回までを書いたところで、ある人(男性)からメールをいただいた。
 丁寧な挨拶の後で、その方いわく、

 *大野祥子が出たのは○年○月号で、背景は確かに緑であるが、着ていたのは白ではなく赤い服だった。
 *当時、彼女のファンクラブが存在していた。
 *篠山紀信氏のアシスタントが学部に在学しており、学内のマドンナとして彼女を推薦したと聞いている。

 といった情報が細かく書かれ、また、驚いたことに「週刊朝日」の鮮明な表紙の写真が添付されていた。
 なつかしい!
 
 また、某氏は、筆者の記憶から完全に消えかけていたある写真とそれにまつわるエピソードを思い出させてくれた。
 聞かなければ永遠に忘れ去ってしまう話だった。
 これについては後に触れることになると思う。

 某氏には感謝しつつも、自分の記憶の曖昧さを自覚した次第であるが、先に進みたい。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「週刊朝日」の表紙に登場したことが影響したに違いない。大野祥子にモデルの依頼が来た。とはいえ撮影者は同級生だ。
 俺はそれを祥子から聞いたんだった。
「青山吾郎って知ってる?」
「知らないなあ」
「私は一般教養の時に『刑法』の授業で一緒だったんだけど」
「刑法は取ってなかったからな」
「彼が私を撮りたいって」
「そんなもの、俺を通せと言ってやれよ」
 どういうつもりでそういう台詞を吐いたんだったかさだかではないが、偉大なる篠山先生ならいざ知らず、同級生の素人ってことで、おれはかさにかかったんだと思う。
 祥子が思いがけない有名人になったので、急に近づいてきた連中を、牽制したかったんだ。

 果たして、その翌日、青山君は俺の目の前に現れた。
「青山吾郎です、どうも」
 青山はレイバン風とでもいうのか、茶色のグラデーションのかかった大きなサングラスをかけ、中途半端な長髪だった。
 濃色の、別珍というのかベルベットというのか、そういう生地のジャケットを着ていた。
 いささか旧いタイプのファッションに思えた。
「タカギです」
「あのう、このたびは、大野祥子さんの写真を撮らせていただくにあたって、一言ご挨拶しろということで、聞いたもんですから」
「いや、ご丁寧に、どうも。で、何を撮るんですか?」
 などと俺は、何の権利があってそういうことをしてたもんだか。
「ボクは、写真を趣味にしているんですが、できれば将来仕事にもしたいと思っていて、けっこう本格的に勉強もしているんですが」
「うん」
「いちおう、プロのスタジオなんかでもアルバイトしたりしているんですよ」
「ほう」
「それで、今回は、大野さんをモデルに、人物、特に女性ポートレートを撮ってみたくて」
 青山はずいぶん律儀に生真面目に答えたものだと思う。
「彼女は、プロのモデルじゃないけど、とはいえ今や一般人とも言えないからさ。それを撮影するなら、それなりの機材だとかあるんだろうね」
「それはもちろん、ちゃんとしたものがあります」
 と青山はカメラやレンズの名前をずらずらと挙げたのだったが、当時の俺にはちんぷんかんぷんだった。
「わかったよ。ただ、俺もそこには同席させてもらうから」
「え?」と、いっしゅん青山はこわばったように見えた。「ああ、それはもちろん、かまいません」

 撮影は「ル・プティ・ニ」で始まったんだった。
 こちらは大野祥子と俺、青山吾郎は青白くて四角い顔のアシスタントを連れてきていた。
 俺たちはコーヒーを飲み、青山はその日の撮影スケジュールを説明した。
「まず、お店の人に許可を取って、この店で少し撮らせてもらいます。静かなカメラを使います。その後、大隈講堂……いや、あまりにベタですみませんが、大隈講堂周りで撮りたいと思います。あと、戸山公園を考えています。その後、青山に移動して、あ、僕が青山だからというシャレではありません。青山で撮影をしたら、おひらき、というかお礼にお食事をご用意しています、いいですか?」
「それに、俺も入ってるの? その《お食事》」
 青山は返事を求めて祥子をのぞき込んでいたのだったが、その顔を俺に振り向け、
「はい、タカギさんの分も、予定しています」
 祥子はずっと黙っていたが、不機嫌な様子ではなかった。むしろ、モデル扱いで写真を撮られることを、内心で喜んでいるのが俺には判った。
 青山が合図をすると、青白くて四角い顔の男は席をさっと立って、店員に何かを話しにいった。やがて戻ってくると、青山に向かって頷きながら、
「うるさくしなければ、大丈夫だって。それと、他のお客さんにはカメラ向けるなとのこと」
「了解。……では、さっそく始めましょうか」と青山は、祥子に向かって言った。

 ジュラルミンのケース2つに納まった青山の機材は壮観だった。
 上から覗き込むやつ……今にして思えば、ハッセルブラッドかブロニカ? 中判と言われるカメラだ。
 でかいモータードライブがついたカメラには、大きなレンズがついていた。時代からすると、おそらくNikonならF3ってことになるんだろうか? レンズはF1.2かなんかのポートレートレンズだったのか?
 青白い四角い顔をした男は、青山と特に頻繁に言葉を交わすわけでもなく、キビキビと立ち働いた。
 秋晴れの、とてもいい天気の日だった。
 これは撮影日和だなと俺は思っていたものだが、強い影を消そうということだろうか、青白い四角い顔の男は、円や四角のレフ板を抱え、あっちこっちに動いては祥子の顔を照らした。
 祥子は、青山に言われるままにポーズをとったり、表情を作ったりした。
 れいの《こわばり》は、1ppmどころか、 もっとずっと多いように、俺には感じられたが。
 戸山公園での撮影が終わる頃には、俺はもううんざりしていた。芝生に仰向けになり、タバコをふかした。

「さー、じゃあ場所を変えよう!」
 青山は元気に声を張り上げ、俺は渋々立ち上がった。
「今度はどこだい?」
「タクシーで青山に移動する」
「やれやれと」
 俺は体についた草を払う。
「もし、なんなら、君は帰っていただいてかまわないよ」
「いや、そうはいくかよ」

 タクシーでは、後部座席の一番奥に祥子、そして俺、青山の順に座った。青白い四角い顔の男は前の座席だ。
 運転手への指示は、青白い四角い顔の男が心得ていた。
 俺は、真ん中に挟まれている自分を、ひどく滑稽な存在に感じて、イライラしたんだった。
「青山はどこだよ。俺、少しは詳しいよ」
「外苑。そこで終わりにするよ」
 外苑か……と思った。
 俺は思わずくすっと笑ったんだったが、祥子は無反応で窓の外を見ていた。青山も、黙っていた。

 外苑でのアングルは面白かった。
 並木の脇、祥子が立ち、ずっと向こうに「絵画館」が見える。
 その時刻、そのアングルでは逆光になるというので、青白い四角い顔の男は、レフを当てたりリモートのストロボを手に捧げ持つのに大忙しだった。
 俺は腕を組み、連中から離れて立ちながら、青山のファインダーにあの「絵画館」が納まるのを、面白く眺めていた。
(なんて素敵な図柄を、君は無意識に思いついたんだろうね。君は立派な《象徴派》だよ)
 俺は終始、にやにやしていたと思う。

 青山が用意していたのは、外苑にほど近い、たいそう立派な中華料理店だった。
 ちゃんと予約を済ませていたのか、俺たちはこぢんまりとした個室に通された。

 瓶ビールをそれぞれ注ぎ合い……と言いたいところだが、ビールを全員に注いだのは、青白い四角い顔の男だ。
「今日はありがとう。感謝を込めて、乾杯!」と青山が音頭を取った。
 円卓には、冷菜から始まり、たくさんの料理が並べられた。立派なものだな、と思うと同時に、俺の中ではそれに反発する気持ちが育っていった。ふつうに楽しく食事をすればいいだけなのにね。

「おい、そんな、いちいち取り分けてくれなくていいよ!」と俺は青白い四角い顔の男に言った。「んなもん、自分で好きなもの取るからよ」
「あ、はい、すみません」
 祥子は、何がおかしかったのか、それを聞いて、
「ふふふ」と笑った。
 気まずさを取りなすように、青山が、
「紀信さんのようにはいかないかも知れないけど、今日は手応えがあったよ。天性のモデルだね」
 祥子は、薄く笑ったが答えない。
 俺はテーブルを乱暴に回して肉団子を目の間に寄せ、象牙の菜箸で何個か取った。その日食ったのは、その肉団子だけだった。まるで食卓の邪魔でもするように、俺はタバコをふかし、ビールをあおった。
 
 その日の写真は、青山吾郎の作品として、個展だったかグループ展だったかで展示されたと聞いている。
 俺もギャラリーへの案内状をもらったが、もちろん行くことはなかった。
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2007年01月27日

【第022章】

 祥子がある日、唐突に言った。
「シノヤマキシンに写真撮られるの」
 何を言っているのかわからなかった。
「撮ってもらいたいってこと?」
「そうじゃなくて、シノヤマキシンがあたしを撮るのよ」
「シノヤマキシンってあの篠山紀信か」
「あの篠山紀信」
「なに言ってるんだ」と俺は笑った。
 ところがその話は冗談でもなんでもなかった。
 「週刊朝日」という雑誌がある。その企画が今もあるのかどうか知らないが、女子学生のポートレートを表紙にするというシリーズがあった。
 年中やっていたのか、それとも季節的なものなのかは知らない。とにかく、若々しい美女が、おじさんの読む週刊誌の表紙を飾るのだ。
 どうしてそういういきさつになったのか、記憶が薄れてしまっている。
 駅でスカウトされたのだったか、高校時代の同級生が写真を編集部に送ったのだったか、そのどちらかだ(ずいぶん差があるが)。
 とにかくそれが本当の話だとわかったので、俺はわがことのように嬉しかった。
 撮影日がいつで、場所がどこだったのか、覚えていない。
 とにかくこれは、俺とは別世界の出来事で、触れちゃならないことのような気がしたのだ
「メジャーデビューだな」
「何言ってるのよ」
 祥子の反応はしごくまともで、落ち着いていた。

 思いのほか早く「週刊朝日」のその号は店先に並んだ。
 祥子はボケた緑色の背景をバックに、白いワンピース姿で、すばらしくほほえんでいた。
 俺がいつも感じていた、ほほえみのこわばり。これは、きっと、俺だけにわかる。1ppmくらい混ざっていた。
 けれどそれも、シノヤマキシンに写真を撮られている初々しい女子大生ってことでチャラにすれば、まったく完璧な表情だった。
 *今ひとつ気になったのは、俺の中にある記憶と、その写真との季節感の違いだ。これはおそらく俺の記憶がねじれてしまっているせいだろう。

 俺はもちろん、そこらじゅうの本屋で「週刊朝日」を買いまくった。ただし、それは、「俺は買った」という痕跡を残すためのような行為で、買い占めて、この素晴らしい表紙が人目に触れる機会を減らすようなことはしたくなかった。
 学生生協でも、その雑誌は山積みになった。特別に、多めに仕入れでもしたんだろうか? ふつうの大学生が「週刊朝日」を愛読するとは、今でもとても考えられない。
 俺は生協の本屋に何度も足を運んで、売れ行きの様子を観察した。横積みの山はどんどん低くなっていった。
 俺は本屋に出入りするたびに、文学部の学生が、
「ほら、あれが彼女と一緒にいる彼よ」とでも言っているように思って、コソコソしたんだった。
 今思うと笑っちゃうが、ほんとにそんな気分だったんだ。

 俺の「発掘」した《ギリシア》が、世の中に認められた!
 あの篠山紀信に撮られて、天下の「週刊朝日」の表紙でほほえんでいる!
 俺は有頂天だった。

 俺はそのころあまり連絡を取っていなかったN島に、この大事件を伝えた。
 電話越しにも、やつの興奮が伝わってきた。
 終夜営業のコンビニエンスなんて、当時はなかったと記憶している。
「明日必ず買うよ! 買い占めるよ!」とN島は言った。
「馬鹿! 買い占めちゃダメだよ。広めないとダメなんだよ!」
「おう、そうだな。タカギの言うとおりだな!」

 そんなやりとりはしたものの、当時の俺はN島とはそれほど頻繁に会っているわけではなかった。
 たいした理由もないだろう。
 その代わり、俺が親しくしていたのは、演劇をやっていた芋田だった。
 芋田は文学部の近くに部屋を借りていて、合い鍵の隠し場所を俺に教えてくれていた。
 俺はやつが授業に出たり、芝居の稽古に行っている間、つかのまの休憩場所として、遠慮なくその部屋を使っていた。
 やはり遠慮して、その部屋を祥子との逢い引き場所に使うことはなかった。

 一方俺は、芋田のアパートを基地としつつも、ある場所にこもっていることが多かった。
 「212F」という店だ。厳密にはFには「華氏」のマルがつくのだが、今このキーボードでそれが出せない。
 ブラッドベリイ、そしてトリュフォーの「華氏」は451度だから、この212が何を表していたのか、今では知るよしもない。
 俺が観たところ、それは元牛乳屋さんではなかったかと思われる。
 店にはいると、広い土間に、趣味のいい小物や雑貨が、きれいに並んでいた。いけているのはその奥で、広々とスペースを取ったカフェになっていた。
 さらに右奥には、これが、俺がその店を「元牛乳屋」と断定した理由になるのだが、薄暗い、コンクリート造り、しかもモダーンな打ちっ放しなんかじゃなく、湿気がつゆになって壁を這っているような、小部屋があったのだ。
 俺は、その奥の小部屋をいつも独占していた。
 一度その部屋の大きなテーブルの分厚い天版を持ち上げてみたことがあるのだが、確かに天版の下は、コンクリートの水槽の名残だった。
 とにかく俺はそこに、愛機の「書院」を持ち込んで、なにやら書き物をしていたのだ。
 バッテリーは強くない。俺は、店の、ああいった小物を売る店に特有の、ナチュラルなメイク? あっさりした顔の、ほっそりした店員に、愛嬌たっぷりにお願いして、コンセントを借りる許可を求めた。
「ええどうぞ、ご自由に」と快く許してくれた。
 俺はそこで、小説らしきものを書いていた、これについては後に触れることになるだろう。
 芋田は俺がそこにいるのを知っていたので、稽古の前にはほとんど毎日顔を出し、
「どう? 今日は、進んだ?」などといいながら一杯のコーヒーを飲み出し、それから出かけていくんだった。

 俺が狂ったように執筆にとらわれていた背景には、俺ののめりこみ性ももちろんあるだろうが、一方で、祥子に対するあせりもあった。
 向こうは「紀信先生」に写真を撮られて全国紙の表紙。
 気づくと俺は、ナニモノでもなかったからだ。
 あのころは、祥子ともあまり会ってはいなかったんじゃないだろうか。
 212の存在だけは祥子に教えていなかったから、彼女が俺の居場所を知るはずもなかった。

 俺はワープロを抱えて、芋田の家と、212と学校を三角形に行き来していた。
 芋田はそのころ劇団の女のコと付き合っていて、部屋に戻ってこないこともしばしばだった。

 寮にはほとんど帰ってなかった。大森なんて、遠い地の果てのような気がしていた。

 俺のあやしげな《小説》が、完成した頃、芋田が言った。
「忙しそうだったからあえて言わなかったけどね。明日がラク日なんだよね」
「ん?」
「千秋楽。今やってる公演の最後の日だよ」
 そうか。
 俺は自分のことで精一杯だったが、芋田はその時、江古田にあったアトリエ兼劇場で、公演の最中なのだった。
「必ず行くよ、明日は」と俺は固く約束した

 芋田の劇団の芝居は、よく判らなかった。
 しかし、バッタを思わせるような、鍛え上げられた芋田の肉体は、美しかった。
 ほかの役者にしても、しかり、だ。
 でもって、女優はみんな妖しく、美しかった。

 そうした小劇場の芝居の千秋楽がどんなものなのか、俺はそれまで知らなかった。
 芝居が終わると、演出家以下、みんなが深々とお辞儀をして、さてそこからが無礼講。
 公演の間にあちこちから集まった酒や、劇団持ち出しのつまみを囲んで、大宴会になる。
 誰も彼もがフランクで、話も楽しかった。
 女の子たちはみんなチャーミングで、ぐい飲みに次々注がれる日本酒のせいか、誰もがスキだらけに見えた。

 俺は、今にして思うとウブな話でもあるが、「処女長編を書き上げたばかりの作家のタマゴ」ほどの自負もなく、初めて接するその雰囲気に飲まれながら、酒を飲んでいた。
 芋田はいろんな人に俺を紹介してくれた。
 その劇団のファンには、大学でも高名な批評家の先生もいたし、怪奇漫画で未だにカルトな人気をもつ漫画家、H野H出志先生などもいた。
 しかし俺が興味を持ったのはそうした名士ではなく、舞台を踏んでいた女優の一人、川原さんだった。
 ステージでは、ピチピチのタイツやきついメイクとも相まって、とても引き締まった、きつい印象の川原さんだったが、打ち上げの席では、ハワイのムームーのような服をぞろりと来て、眉は剃られてほとんどなく、異形とはいえ、愛嬌のあるやさしい人だった。
「今度、芋田といっしょに、うちにいらっしゃい。ごはんつくってあげるから」
 そう言ってくれた。

 その日は意外と早くやってきた。
 酒の席での約束が、かんたんに反故にならなかったのがうれしかった。
 俺は芋田と連れだって、笹塚にあった、川原さんのマンションへと出かけていった。

 ドアを開けてくれたのは、長い顔をした、白人男だった。
「ハーイ! イモター。ハウアユ?」
 ドア枠に頭がぶつかりそうなほどの長身だ。くすんだ金髪を後ろで束ねている。いわば、典型的なヒッピーだ。
「えー、ティスイズマイフレンド、タカーギ」
「ハーイ! タカーギサン、ナイスツミーチュー。アイムジョン」
「グラッド、トゥーシーユー、ジョン」
 ってなかんじさ。
「あらー、お久しぶり」と、川原さんは、俺と芋田を、代わる代わる、ハグ。
 部屋にはお香の匂いが立ちこめていた。

 川原さんはキッチンに立ち、料理に余念がない。
 俺は、ちょっとだけ、違和感があった。
 あの日劇場で観た、恐ろしい迫力の川原さんが、今はなんだか、単なるジョンの女になっている。
 いや、もっとも、俺たちのために食事を用意してくれているんだから、おかしいところは何もないのだけれど。
「ユウォナサム?」とジョンが言った。「ナーニガ、ホシイ、デスカァ?」
「あ、ではビールを。ビア、プリーズ」芋田が答える。
「ハハハ。ウイハブサムベラーワン」とかなんとか。「モット、イイモノ、アリマース」
 ジョンは傍らにあった、アジア風の紫檀でできたような箱を引き寄せ、それを開けた。
 中身は見えなかった。
 ジョンが取り出したのは、途中が膨らんだ、アラジンのランプのような、楽器のような、器具だった。
 何が起ころうとしているのかは、俺にも判った。

 茶色いチョコレートのような塊から、その細長い指でひとつまみをちぎり取り、ジョンはそれを器具に乗せた。
「ユードエバートライドティズ、フムウ?」と、芋田に向かってウインクする。
「イエス」と芋田。
「オケ」とジョンは、器具を芋田に手渡す。
 芋田は、器具にライターの火を当てる。
 クセのある香りが漂った。
 芋田は薄目を開けながら器具から煙を吸い込み、口を真一文字に閉じながら、それを俺に回してよこした。
 俺も同じように、その器具の吸い口を、吸った。
 干したキノコでも焦がしたような、香り。
 ジョンが、吸う。俺たちよりも数倍の強さで吸い込む。
 呼んでもいないのに、すぐ横に、川原さんが来ていた。彼女が器具を受け取る。

「ワッデューユースインク?」ジョンが俺に問いかける。
「あー、イエス。アイフィールア、グラヴィティ。グラヴィティオヴ、ディ、アース」
「アハ。グラーヴィティ?」とジョン。
「うふふ。タカギくん、グラヴィティって、どういう感じ?」
「あー、重力、ですかね」

 俺たちは、川原さんの作ってくれた、エスニックな料理を手で食いながら、何度か器具を回した。
 芋田は、ときおり「はぁあ」などと悩ましい声を上げながら、アゴを上げて、中空を見上げた。

 気がつくと、ジョンと川原さんは、部屋の向こうの隅の小さなカウチの上で、ディープキスをしていた。
 シタールの音が流れていた。
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2007年01月26日

【第021章】

 会社のギャランであちこち巡るうち、都内にも緑は多く、美しいところはあるんだなと気づいた。千代田区そして港区など、特に。
 俺は寮と学校とアルバイト先を行き来するだけだったし、祥子と会うのも早くて午後3時だ。日も短くなり、いつも暗かった記憶がある。
 昼間のデートがあまりに少ないことに気づいたので、俺は祥子を誘ってみることにした。

 何曜日だったか記憶はない。俺たちは、表参道で待ち合わせた。
 実は俺は、翻訳会社に入る前、Rという会社で働いていたことがある。求人情報誌で有名なあの会社だ。その後、大きな社会的スキャンダルにまみれることにもなるあの会社。このときのことは、また改めて書いてみたいが、いろんなことがあって、俺はそこを辞めたんだった。
 そのときの仕事は、外回りの広告取りだった。朝、新聞の求人欄をチェックし、あたりをつけた会社を、データベースで検索する。他の支店に「既得権(この言葉は外では使うなと、当時の所長に言われたもんだった。独占禁止法の問題だったのだろうと、今にして思う)」がないことを確認すると、そこに営業をかける。服装はもちろんスーツで、四角い書類鞄を提げて歩いていた。そのときの《テリトリー》が、町名は今調べるのが面倒だが、南は表参道から、北は千駄ヶ谷までの範囲だった。
 そんなわけなので、俺は青山から神宮前にかけては若干の土地勘があった(そのわりには、いまだにあのあたりでよく迷うが!)。
 オープンカフェでお茶を飲んだり、骨董品屋をのぞき込んだりした。今もモリハナエビルのそばにある「骨董街」なども観た。
 祥子は骨董品に関しては一家言あるようすで、「これはよくない」とか「あ、これはいい」とか、俺はその時、その言葉を単に彼女の好悪を表す言葉と思っていたが、そうじゃないんだな。モノの真贋や、値札とのバランスを言うとき「いいもの」「よくないもの」というのは、骨董の専門用語、というか常套句だということを、後で知った。
 旧いものをプレゼントしてやるほどの力はなかったので、あくまでも、みるだけだったが。

 やがて俺たちは青山通りを、神宮外苑に向かって歩いていった。車でよく通っていたその一帯が緑づたいに四谷方面まで出られるのを知っていた。
 外苑の銀杏並木がすでに黄色かったのかどうか、描写をすると、嘘になる。
 とにかく俺たちは「絵画館」に行った。正確には「聖徳記念絵画館」というらしい。明治天皇の業績を記念した、豪壮な建物だ。
 ここまで読んだだけでピンときた人は、あのあたりの史跡や建物に詳しい人だろう。
 そうなんだ。絵画館の真ん中には、あれがある。
 明治天皇が愛した馬の《剥製》だ。
 明治天皇の絵巻が現代の一般人にとって面白いものかどうかはともかくとして、祥子はその剥製が気に入った。
「大きくて立派」
 祥子はそうつぶやくと、ガラスケースに張り付くようにして、いつまでも飽くことなくそれを観ていた。
 馬はよく観ると、腹の所に縫い目があったように記憶しているが、間違いかもしれない。
 太って、がっしりした、立派な馬だった。
 カフェー、骨董品のウインドウショッピング、散歩……俺にしては上出来の昼間なつもりだったが、つまるところは、それだ。
 《剥製に見入る女》ーー俺は頭痛持ちでもないのに、頭が痛くなった。ため息が出た。

 そのころ、俺の中のもう一人の俺は、何かが狂い始めていることに気づいていたんだと思う。
 学校で見かけた美貌の女性。やがて親しくなる。しかし、その先に何がある? イメージなんて出来ない。
 俺の中のもう一人の俺は、かつて学校で中谷君やO君が言ったように、
「もうやめておけ」
 と言っていたのかもしれないと思う。
 ただ、俺は無意識で打ち消したんだろうな。
(女が剥製や残酷な絵に興味を持ったりして、何が悪い? いやむしろ、女なんてそんなもんじゃないのか?)
 
 物質には慣性というものがあるが、人間関係にとっても、それは同じなんだろうと思う。
 結婚生活でも、友情でも、職場の人間関係においてもきっと。
 心の中の小さな力が、何かを押し戻そうとしても、そうは簡単にいかないものだ。
 もっとも、それだからこそ、いろんな関係が、なあなあで続いていくんだとも言える。
 俺たちは、見かけ上相変わらずの日々を送っていた。いや、男と女の関係という意味では、相変わらずどころではなかったかもしれないな。

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2007年01月25日

【第020章】

 ちょいと安っぽい映画なんかに、女性が男物の服を着たり、帽子で変装したりするシーンがあると、俺は今でも笑ってしまう。
 男装の麗人……そいつはアリとしても、女が男に変装するなんて、あり得ない。もとから男と見まがうような女は、たまにいるけどな。

 俺は一番ごつい革ジャンを大野祥子に羽織らせ、衣服の上から俺の太いジーンズをはかせ、頭にはカスケット帽を被せて長い髪をたくし込んだ。
 けれど実際、祥子はまったく、男には見えなかった。
 昨夜のルートの非常階段は、難しいと思われた。階段の下には焼却炉があって、そこではその時間いつも用務員さんが、寮生のゴミを焼いているからだ。
 時刻はもう8時を回っていたから、正面玄関の受付には寮監がいる。しかし強行突破しかないと考えた。
「何も考えずに玄関を出て、走って門を抜けるんだ。誰に話しかけられても無視して、そのまま行きなよ」俺は祥子を先に送り出すことにした。「昨日の喫茶店はもう開いてるから。俺もすぐに行くよ」
 俺は館内の構造とルートを、図に描いて何度も祥子に説明し、彼女を部屋から送り出した。
 南棟、3F角部屋の俺の窓からは、前庭に飛び出した正面玄関と、その15メートルほど先にある門、そしてそこから駅へ続く通りの様子がよく見えた。
 どう見てもほっそりしすぎた祥子の首筋が、革ジャンの襟からちらっと覗いたのが、双眼鏡でも使ってるかのように俺の目に映ったとき、
「おーい、こらまてー」という寮監の声が聞こえた。
 祥子は歩を速め、小走りに門へと駆けだした。その動きも、まったく、女だった。
 寮監は門の所まで祥子を追いかけたが、それ以上深入りはしなかった。
 まずいのはそこからだ。振り返った寮監と目が合ってしまった。
「おはようございます。いい天気ですねえ」
 冗談のようだが、そういうときは、そういうやりとりになるもんさ。

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 俺たちのレポートはともにタンオ先生には好意的に受け取られた。
「ま、こんなもんかな」と、先生は目をまたたいた。「でまた、器用に二本も書きやがったな」
 俺には褒め言葉に聞こえた。

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 M先輩にはとくにお礼はしなかった。というよりむしろ、M田先輩の俺への接し方が、ぎこちなくなった。
 俺は別に、何を何とも思っていなかったんだが、先輩をあがめる気持ちは少し薄れたように思った。
 今にしても思えば、二十歳そこそこの若い男の、健康な、むしろほほえましい好奇心に過ぎないんだが。
 M田先輩を含め、寮生のすべてが、俺にとっては幼稚に思えてきた。
 以前と同じように、深夜に連れだって牛丼屋へ行ったり(松屋か吉野屋でよくモメた!)、誰かの懐が暖かいと言っては駅裏の居酒屋で飲んだり、そんなことはあった。
 しかし、一緒になって本気で騒いだり馬鹿をやったりすることはなくなった。

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 学業はともかく、俺はアルバイトに熱中した。金が欲しかったのももちろんあるが、楽しかったのだ。
 会社には、旧い型式だったがハイグレードの三菱ギャランがあり、俺はその車でよくお使いにやらされた。早稲田鶴巻町を出て牛込を抜け、外苑東通りを下り、青山墓地の脇を通り抜け、三田で原稿を受け取ってそれを虎ノ門に届けるといったようなルートだ。都内の主要幹線は実際に運転しみると意外なほど広く、どの車もそんなに飛ばしていない。なので運転にはすぐ慣れ、ある程度都内の地理にも詳しくなることができた。なによりそんなお使いにやらされると、一日の仕事がゆったりとしたドライブで過ぎてしまう。ラクな仕事だと思ったことだった。
 社長は長身でブルドッグのような顔をした人で、きわめて温厚な人柄だった。今思うとバブルが始まるのと歩調を併せ、会社をほどよい規模に大きくしていた。名前を言えば誰でも知っているある一家、つまり、もともといい家柄の生まれなのだ。
「こないだ葉山の妹の別荘でネ、大勢人が集まって楽しかったヨ。でもボクは忘れていたんだナ。タカギくんをここに呼んでおけば良かったってネ。ああ、ごめんヨ」
「もしかして、○○○○○さんも来たんですか?!」
「ああ、来ていたヨ」
 社長の姪にあたるその○○○○○というのは、今でも活躍しているモデル兼タレントで、俺はもとから密かに好きな人だったんだ。今も素敵だと思う。
「けど、僕なんかがそんなところに行ったって、浮いちゃうだけでしたよ」
「いやいや、もう、近所の人や、姪の同窓生なんか、若い人もたくさん集まってネ。そりゃもう楽しかった。ごめんヨ。またどうせ、そんな機会はあるからサ」
 社長はほとんど会社にいなかったが、顔を出すときには必ずどこかの美味しいお菓子など、手みやげを持っていた。お茶の時間が楽しくなった。
 ある日のこと、今日はそろそろ上がろうかな、つまり学校へ行こうかなと思っている時、社長から電話があった。
「タカギくん、悪いんだけどネ。今日は予定あるかい?」
 ある、とは言えなかった。
「いいえ、別に」
「だったらね、待っていて欲しいんだ。じつは今日これから、エンゲルスと会食なんだ。で、ボクは麹町まで車で来ちゃってネ。いやネ、キミも誘いたいんだけど、そういうワケにもいかなくてネ」
 エンゲルスというのは、社長のかつての共同経営者であったドイツ人だ。あるいざこざがあって、袂を分かったとは聞いているが、社長の口にはたびたび上る名前だった。
 つまり、食事が終わる頃に連絡をするので、俺はそこへタクシーで飛んでいき、社長の自宅まで運転を代行して欲しいという話だった。
 俺は学校へ行くのをとりやめ、会社に残った。翻訳者はたくさんいたものの、社内にはそんなに多くの人間がいたわけではない。みんなが帰ってしまうと一人になった。俺は応接室のソファに寝そべって、テレビを観ていたのを覚えている。
 そのうち眠ってしまったらしい。目覚めて時計を見ると、すでに2時を回っていた。こんなに遅くなるなら、あらかじめそう言って欲しかったな、と、ちょっと不満だったが、帰るに帰れない、中途半端な時刻だった。
 けっきょく朝になっても、社長からは連絡が来なかった。

 葉山のホームパーティーに呼んでくれるという約束を果たさないまま、俺を○○○○○に紹介してくれないまま、社長は逝ってしまった。
 自殺だった。自宅階段の踊り場の手すりで、首を吊ったのだった。

 その後は、てんやわんやだった。ただ、俺は単なるアルバイトのボウヤだったので、実際の面倒に巻き込まれたわけではない。
 会社は、取引のあった江戸川橋の《ひびき印刷》に多額の借金があったことを、そのときになって俺は聞かされた。機材や人材ごと、我が社は《ひびき印刷》に吸い込まれることになるだろうという話だった。
「君は《コンピューター》が使えるから、きっとクビになることはないだろう」と、総務のYさんが言ってくれた。
 あの優しかった社長が、どうしてそんなことになってしまったのか。
 あの夜、おそらくはタクシーに乗って、社長は家に帰ったのだろう。その時すでに何か決心があったのだろうか。
 なぜ、会社に電話をかけ、俺を呼んでくれなかったのか。
 俺が軽口を叩きながら運転していたら、もしかして社長はこんなことにはならなかったんじゃないか。
 親しい人の突然の死は、俺を混乱させた。
 ちなみに、麹町のドイツレストランに社長の車を取りに行ったのは、けっきょく俺だった。ただしその真っ赤なBMW行き先は、社長の家ではなく、《ひびき印刷》の駐車場だったが。
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2007年01月24日

【第019章】

 そのころ、有り金はたいて買ったワープロを、俺は持っていた。
 今思い出しても懐かしい。シャープの「書院」というやつだ。とてつもなくかっこいいデザインだった。実際、グッドデザイン賞かなんかを獲っているはずだ。けれど、その機能はいま思うとお粗末なものだった。たしか、17文字だったかしか表示されないたった一行の液晶画面に始まり、記憶デバイスはナシ。A4に40字×40行詰めて10枚ばかりの内部メモリしかなかった。原稿用紙で40枚分? それ以上は、テープレコーダーに、ピーガラガラっと録音しろというわけ。そんなことやった人なんているのかな。
 いちどきに1行にも満たない文字列を凝視し、推敲し、校正し、そしていざプリントアウトだ。使い回しが効かない高価な専用テープで、ゆっくりと印字されるその文字は、24×24ドット。
 けれど俺にとっては大切で、頼りになる武器だった。
 そいつを使って俺は、ゴーギャンを書き上げた。400字詰めにして10枚くらいのものじゃなかったかと思う。なんのことはない。「勉強しましたよ」という背景をくっつけた、こぎれいな感想文だ。ただし、120パーセントの自信はあった。タンオ先生にこのたび提出するレポートのクオリティとしては、だけれど。
 一方、大野祥子はいつまでたっても書き上げる様子はなかった。俺はO橋教授の叱責の件ではすっかり連帯責任を感じていたので、彼女をつよく促したんだった。
「なんなら、手伝おうか?」
「感想文くらい、自分でできるわ」
「《感想文》じゃあ、ダメなんだよ。なんかネタがなくちゃいけない」
 今思うと、感想文でいいんだよな。
 俺はとにかく、何か書いたら俺には見せること、と祥子に約束させたんだった。なにせ、連帯責任だから。

 何日か後、祥子は、B罫のレポートパッドを、ついに俺に渡してくれた。俺は少し興奮して、表紙をめくった。
 大野祥子の文字をよく見るのは初めてだし、文章を読むのなど、もちろん初めてだったから。

 ひどいものだった。
 何にたとえたらいいんだろう。優等生が書く作文とも違うし、紋切り型の新聞投書とも違う。文章の形はなしていても、中身は何もない。何を言いたいのか、まったく通じてこない。それは意味不明なしろものだった。
 かりにも彼女は、小論文の試験を受けて入ってきた、文学部の学生、なんだが。
「正直、これじゃいけないね」
「どこが?」
「どこがって、指摘できないところがいけないと思う」
 祥子は不平そうな顔をしたものの、特に激しく反駁したわけでもない。
「だって、何も感じないんだもの。あんな……ゴーギャン?」
「感じなくたっていいんだよ。むしろ、感じちゃうとダメなんだ」
「何を言ってるのかわからないわ」
 そんなやりとりをしばらく交わした。
 俺も辛抱強かったもんだな。

 結論。彼女は俺の指導のもとに、そのレポートを書き直す。
 その現場は、俺の部屋ということになった。

 言うまでもなく、だ。俺の住んでいた寮は、女人禁制だった。肉親も例外じゃない。だから、寮内では、年齢を問わず、女性の姿を観たことはなかった。寮内に女の人がいることをイメージすることすら、できなかった。
 わが学生寮の女人禁制に関して、あるエピソードがある。
 話がさらに遡ってしまうんだが、それは俺が浪人していた年のこと。土曜の深夜に「チャーム・ミントタイム」という番組があった。我ながら、なんで覚えてるんだろうかと笑ってしまうんだが、それも、この一件のせいだと今気づいた。その番組は「怪物ランド」とかいう番組(あるいは「怪物ランド」というトリオが出演している番組だったか?)と、なんだか抱き合わせのように、セットになって俺の記憶に残っている。
 さてその「チャーム」では、独身男の部屋に女性タレントが突撃するという企画があった。村上リカコ(字がわからねえ)だったと記憶しているが、「では! 行ってきます」なんていうかけ声の後で、男のニオイの充満する空間に入り込み、あれこれつっこみを入れるというやつだった。
 その夜の放映を、俺はありありと覚えていた。カーンカーンと鳴っている踏切の手前で、リカコが「では! これから」と言ったその回を。
 なぜだか、それでも楽しそうに逃げ回るドテラ姿の男たちをリカコ軍が捕まえてはカメラを向け、そのうち誰かの部屋に入っていった。その男たちは、なんだか滑稽なケモノめいていて、不思議と印象に残っていたのだ。
 入寮した日、俺は踏切で待たされた。ほんとは踏切なんて渡らないでもいい改札口があるんだが、初日なんで、そんなことは知らない。
 カーンカーンって音をを聞きながら、何か頭の中でひっかかったんだ。そこから先は、既視感ってやつだった。「へんだぞ」「あれ?」と思いながらの時間が過ぎて、やっと思い当たった。伸び始めた坊主頭ぞろいの先輩たちを見て確信した。
「これは、あの『チャーム・ミントタイム』に突撃された寮だ!」
 間違ってなかった。俺の二級上の先輩たちの誰かが、《チャーム》にハガキを送ったんだそうだ。大まじめな事前の下調べの後、これは使えるってことになったんだろう、タレントとスタッフが来ることが決まった。先輩たちは狼狽したが、遅かった。その夜の取材は、19歳の俺の頭にくっきり残るほどの出来で終了し、オンエアされた。
 問題はそこからで、これを、川崎の百合ヶ丘だかいうところにある《兄弟寮》の連中が見ていたんだな。で、連中は思ったんだろう。
「ちくしょう! 品川のやつらだけ、いい思いをしとる」とかなんとか……。
 で、告げ口したわけだ。しかるべき筋に、ね。
 そんなわけで、主犯格(?)の先輩たちは処分され、坊主になったと。そういう話。

 だのになんでまた俺が、レポートを書く場所として自分の部屋なんて思いついたんだか、そのきっかけはさだかじゃない。
 ファミレスや喫茶店では書き物は出来ないと、なんとなく決めつけていたのかもしれない。
 ただ、あえて言うが、俺にはそのとき、いわゆるヨコシマな気持ちはなかったと思う。
 連帯責任……というと聞こえはいいが、その、彼女の書いた意味不明な作文をなんとかしなくちゃと思ってたんだと、思う。

 俺は、ひとりアテにしていた先輩がいた。あの、仙人(ただしニセモノ)みたいなS先輩ではない。もっと駆動力のある、理知的な、M田先輩だ。この人は「チャーム事件」の時の処分の対象にはなっていなかった。なのでカタブツかというとそんなこともなく、よく見聞きし、わかり、というタイプの人だ、と俺は常々敬服していた。またM田先輩は、理工学部ではあったが、大学でも俺の先輩となる人だった。
「M田先輩、質問があるんですが」と俺は聞いたことがある。「地下鉄のホームで、走り出した電車に沿って歩いていると、電車が行っちゃった瞬間に、ふっと線路の方に吸い込まれるような気がしませんか? あれは何故なんだろう」
 M田先輩は、革命家に似合いそうな四角くて大きなセル縁のメガネをすっと中指で上げながら、
「タカギ、それはな……俺が思うに、一種の錯覚なんだ。たとえばここに壁がある。もし、この壁がいま急に向こうに倒れたとするだろ?……」
 いや、俺は先輩をからかったわけなんかじゃないんだ。真面目な疑問だったのさ。M田先輩は、そんな風に、どんなささいな俺の疑問にも、真摯に向かい合い「科学的」で「合理的」な結論を、いつもつけてくれる人だったわけだ。
 そのM田先輩が、必ず助けになってくれると、俺には確信めいたものがあった。

 寮のそばまで行っても待つのに適当な場所がないというので、駅前の「ビーンズ」という喫茶店に彼女を残し、俺は一人寮に戻ったんだった。
 まっすぐM田先輩の部屋を訪れる。
 M田先輩はいつものように、立派な体格を少しかがめて、ムツカシそうな理系の本を読んでいた。
「面倒なことになってしまったんです」
 なんて。こういうときの俺は、要領がよかったな。この歳になると、面倒を持ち込まれることの方が多いけれど。
「どうした?」とM田先輩の低音が響く。
 俺は手っ取り早く説明をした。急な課題を出されたこと。それはグループ研究であること。ひとり、デキの悪いコがいて、そのコの面倒を自分がみなくてはいけなくなったこと。そんなストーリーだ。あながち外れてはいないさ。
 「課題」「グループ」「デキの悪いコの面倒」……M田先輩の心をがっちりつかむキーワードが埋め込まれている。後は天命を待て。
 M田先輩は、うなずきながら俺の話を聞き終えると、目をつむって、少し考えた。
「明らかに規律違反だ。それと、俺は今、自治会の副会長だ。ただ、おまえがこうして相談するからには、それを織り込んでの話と、俺は解釈する。そう思って間違いないか?」
「ええ。その通りです」
「わかった。……おまえは南棟だったよな。とにかく正面玄関から入るのは避けろ。誰に見られるかわからないからな。風呂場の裏の扉が使えるかもしれないが、この時間だから、まだ人の出入りがあるだろう。一番安全なのは、北棟の非常階段で4Fまで上がって、そこから、1Fを通らないルートで南棟へ抜ける方法だ」
 M田先輩は、軍師のように、俺に作戦を指示した。
「先輩。しかし、北棟の外階段には、中から鍵がかかっています」
「それはきっと空いていることになるだろう。だれかの汚いスリッパが挟まっている可能性がある」
 M田先輩にしては、ずいぶんと不確定要素を含んだ文学的な修辞だった。
 俺は、「ビーンズ」へすっとんでった。

 生い茂った植え込みをかき分けて、非常階段にとりついた。さびた鉄扉が閉じられていたが、内側に手をまわすとすぐにカンヌキが抜けた。
 開けるときには、きしんだ。
 転んだらえらいことになりそうなほどザラザラしたコンクリートの階段を、俺と祥子は4Fまで上った。息が切れた。
 内部への扉は細く開いて、光が漏れていた。見ると、スリッパではなく、汚いしゃもじが、挟まっていた。
 俺たちはなかへ滑り込み、ドアを元に戻し、北棟と南棟をつなぐ踊り場に急いだ。廊下が、えらく長く感じた。
 踊り場で、人影にひるんだ。
 M田先輩だった。
 M田先輩は、手のひらを俺たちに向け、いったん押しとどめ、それから手のひらを上にして、俺たちを招いた。
 俺たちはM田先輩の脇をすり抜け、やっとこさ、部屋にたどり着いた。

「こんな冒険することになるとは思ってなかった」と、案の定、祥子は言った。
「すまん。規律が厳しい寮なんだ」
「で、あたしはどこに座っていいの?」
 言われてみると、俺の部屋には椅子は一脚しかなかった。俺は祥子を椅子に座らせ、自分は床にあぐらをかいた。

 レポートはけっきょく、簡単なやり方でけりをつけることになった。
 俺が自分のを書くときにもうひとつ残してあったネタをふくらませ、そいつにこじつけ気味に作品をくっつける方法だ。
 今にして思えば、どうだっていいことだ。
 俺が口述して祥子が書き取るというわけにもいかなかったので、ワープロを使うことにした。
「小一時間もあれば書けると思う。そしたら君はそのプリントを、ペンで写せばいい」
「わかった。待てばいいのね」
「そこらにある本を読んでいればいい」
「ひとの本に興味ないわ」
 祥子は椅子を俺に譲るように立ち上がり、ベッドに体を投げ出した。
 俺は、ワープロに向かい、いわゆる大車輪状態で、キーを叩いた。
 祥子は何も話しかけないし、動くわけでもなかった。
 何度か振り返って見たが、最初にダイブした形のまま、中途半端なうつぶせのままだった。

 けっきょく2時間くらいかかってしまったんだろうか。俺は祥子の分のレポートを書き上げた。
 この際、推敲は要らない。誤字も筆写の時に直せばいいんだから。
 ワープロに紙をセットして、プリントボタンを押した。
 祥子はまだ、動いていなかった。
 近づいて見ると、眠っていた。
 その横顔は、やはり美しかった。しばらく見とれていた。
 突然、かっと目が見開かれ、俺は思わずうしろに身を引いた。
「出来たの?」
「出来た。プリント中だ」
 祥子は肘を突っ張って体を持ち上げようとしたが、俺はそれを押しつぶした。

 古い木製のベッドはどうしてもギシギシと鳴ったし、手のひらで押さえても、祥子の声は漏れた。
 どうとでもなれ、と思った。
 一度に一枚しか紙を装填できない俺のワープロは、次のエサを待っていた。
 それも、どうとでもなれ。
 祥子のへそのくぼみに、白いものをぶちまけてから、やっと我に返った。
 そんなもんだろう。

 ワープロに、二枚目の紙を食わせてやろうとして立ち上がった。
 気配を感じた、というか、履き物が床にこすれるような物音が聞こえた。
 全裸だった俺は床からジーンズを取り上げて素早く脚を通し、ドアを開けた。
 廊下にはすでに朝の光が射し、青白く明るかった。
 三部屋先、踊り場へ続く角を曲がった人影が見えた。
 M田先輩の好きな色、モスグリーンのラガーシャツ。大柄な背中だった。
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2007年01月23日

【第018章】

 タンオ助教授が、講義の後で、俺をつかまえて言った。
「O橋さんに、こっぴどくやられたんだってな」
「はい、すみません」
「教授会でも、すごかったぞ」
「そうでしたか」
「何で行かなかったんだ」
「なんとなく。というか、奈良とか京都とか、あまり興味なかったんで」
「ふふ」
「これがパリなら、先陣切って行ってました」
「ばーか」タンオ助教授は、パリでの留学帰りだった。「で、僕も、O橋さんの手前、なんかやらなくちゃならんぞ」
「え?」
「課題だよ」
「はい」
「近代美術館は行ったのか?」
「え?」
「ゴーギャンだよ。どっちみち、僕の授業では行かせるつもりだったけどな」タンオ先生の専門分野だ。「今回、それのレポートで、チャラにするよ。その代わり、いいの書けよ」
「わかりました。行きます。ありがとうございます」
「うん。……ところで、彼女って、つまりカノジョなのか?」
「大野さんですか?」
「そう、あの美人だ」
「カノジョではないです」
「そうなのか」タンオ先生は、ちょっと目をしばたたいて。「美人てなあ難しいよなあ。特に、特級の美人てのは、なあおい!」
 と、俺の背中を叩いたんだった。
 深い意味はわからなかった。

 行くならいっしょに行け、そのほうが、お互いの意見が出るのでいいレポートになるぞ、と、その後、オルセーやルーブルに関していろんな著作をものされることになるタンオ先生は、そうおっしゃった。そういうわけなので、俺は祥子を誘った。

 北の丸公園を散歩したのを覚えている。暑くも寒くもない気候が、なんとなく皮膚に残っている。
 俺たちは国立近代美術館で開かれていた「ゴーギャン展」を観に行ったんだった。
 先生には悪いが、俺はいまもまだ、いまのところ、ゴーギャンにはシビれない。
 株の仲買人。セミプロの画家。ゴッホとの出会い。別れ。タヒチ。地元の美女たちとの晩年。いい人生なんだがな。
 何の作品があったのか、覚えていない。
 『我々はどこから来て……』があったのは、この展覧会だったのかどうか。間違っていたらごめん。
 もちろん美しい。もちろん強烈だ。レポートのネタには事欠かない。少なくとも、俺にとっては、そうだった。
 俺たちはともにそれなりの手応えを得たことをお互いに確認し、国立近代美術館の常設展を観てみることにした。
 収蔵品は千点近くもあるそうだ。展示してあるのはもちろんその一部だったろう。
 何があったかなんて、もちろん今は覚えていない。
 ただ、その中に一点、特別な作品があった。
 『リンチ』という油絵だった。
 記憶が曖昧だが、LYNCHINGという英語のタイトルがついていたような気がする。でなければ「lynch」なんていう綴りを覚えているはずがない。
 そんなわけで外国の作家のものというイメージがあったが、昨夜調べてみたところ、そうではないことがわかった。
 大正末期から昭和初期にかけての、ある作家のものだ。もちろん当時はそんなことは知るよしもない。
 『リンチ』が特別だったのは、俺にとって、ではない。
 その陰鬱な作品は、祥子を釘付けにした。
 素敵な絵を観て、いつまでも観ていたい気持ちになることはある。自分のものにしたくなることも、ある。けれど、少なくとも俺は、美術館の片隅で、固まってしまうような経験は、ないな。あるとすればそれは《固まっているふりをしている俺》だ。
 そういえば、オルセー美術館で、ロートレックの、キャバレーの絵を観たときには、ちょっと固まったな。ポスターのクズを集めた上に殴り描いたようなタッチのその絵にはぶっとんだ(ポスターのクズじゃないのかもしれない。わからない)。
 そんなことはともかく、そのときの祥子は、何か明らかに恐ろしいものを観るように目を見開いて、両手のこぶしを胸の前にくっつけて、その絵を凝視していた。
 『リンチ』……LYNCHING……私刑……。
 俺の曖昧な記憶に従って言えば、俺の言葉で表現すれば、それは、
「村人たちが、村のはずれの原っぱで、裏切り者(かあるいはよそ者)を縛り上げ、こらしめている」という絵だった。
 ブリューゲルのようなタッチを感じたんだが、それは俺の勘違いだったにちがいない。今観ることのできるその作家の絵は、いかにも昭和初期のモダニズムの画風だから。
 その絵は、怖かった。
 たしかに怖かったが、しかしその奥になにか、かすかなユーモアも感じられた。ユーモアと言うのが違うなら、俺たち人間が必ず持っている「残酷性」を浮き彫りにして見せつけられたような、そんな感じだ。
 鏡を見せつけられたら、苦笑いでごまかすしかない……と俺は思うんだが。
 しかし、祥子は、まるっきり固まって、その絵に食らいついていた。
 ずいぶん小さい絵のように思ったが、案外大きい絵であることも、今の俺は知っている。

「そんなにこれが気に入ったの?」と俺は聞いた。
「おねがい。黙ってて」
 祥子はかすかにかぶりをふって、俺を寄せつけなかった。
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2007年01月22日

【第017章】

 O橋教授から科せられたもうひとつの痛いペナルティは、ゼミ旅行の旅費だった。
 八丈島の旅費ほどではなかったが、3万5千円(くらいの金額)を、ただちに幹事役に払うようにとのことだった。
 祥子がすぐには金がないというので、俺は彼女の分も立て替え、その日のうちに幹事を見つけて支払った。
「悪かったね、勝手に旅行を休んで」と、俺は素直に詫びた。
「ま、いろいろありますからね」
 幹事役はそつなく応えてくれたが、暖かい調子ではなかった。
 そんなわけで、俺のアルバイトの前借り金は瞬時に消えた。

 そのまま寮に帰る気はしなく、やめておけばいいのに俺はまた、祥子を伴って「ゆず」へ行った。
 「ゆず」では多少のツケは効くからだ。
 ただし、やたらと唐突に《ターマス》に精算を迫られ、そのときにはこちらの胸算用のおよそ倍になっているという高利なツケだったが。

「ずいぶんお見限りだったじゃねえかよ、タカ! は〜い、おねーちゃん、いらっしゃい」
 俺たちは、安ウイスキーを飲んだんだった。
 そうだ、思い出したぞ! Connectionっていうんじゃなかったか? サントリーの、斜めチェックに刻みの入ったボトル。

 やがて店に、《イッちゃん》と呼ばれていた男がやってきた。イッちゃんはターマスの後輩筋で、俺と同じ歳。
 元探偵という話だったが、よくよく聞くとなんのことはない、ハードボイルド好きが高じて、「中野探偵学校」だったかどこやらへ入学し、卒業後数ヶ月、どこかの興信所のデチをやっていたというだけの話なんだが。
 イッちゃんの顔は、レモン型をもっと縦に伸ばしたような、つまり紡錘形の輪郭だった。細くて鋭い目。それに黒縁の度の強い眼鏡をかけたやせぎすの男だった。革ジャンにスリムのブラックジーンズという、いわゆるパンクの出で立ちだったが、今の仕事は大工とのことだった。
「大工つってもねえ、ツーバイフォー大工ね。箱と箱を、ボルトで留めるんだ。だからノコなんて、つかわねえ」と、よく、甲高い声で言っていた。
「おう、タカ! 久しぶりじゃん!」
 イッちゃんは、呼んでもいないのに俺たちのテーブルに割り込み、祥子を相手に、根掘り葉掘りいろんなことを聞き始めた。
 N島の例があるし、ターマスは嫌われているのがわかっていたので、俺は祥子の反応が心配だった。しかし、あにはからんや、祥子は楽しげにイッちゃんに応対しているんだった。

「ねえ、タカ、おれたち気が合うみたい。彼女と俺!」
「合わないよりはよかったな」
「というわけで、今日パチンコで勝ったイッちゃんは、彼女とこれから、お好み焼きを食べに行きます!」
「それはダメだよ」
「なーんでだよ」
「ダメだからだよ」
「なーんでだよ。彼女はいいよね。ね?」
 祥子はにやにや笑うだけだ。

「お好み焼とは聞き捨てならねえな」と、奥からターマスが叫ぶ。俺たちの話を全部聞いている。「俺がお好み焼き修行5年のプロだと知ってのことだろうな」
 俺は、助け船でも出されたような気になって、
「マスター、お会計」
「あいよ……つっても、ねーんだろ」
「その通り」
「あいよ」
 金額は言わない。

「なあ、タカ、それはねえだろ」とイッちゃんがからむ。「おめえは、ウイスキーを飲んで、それを払う金もねえ。俺は、パチンコで勝ってご機嫌で、腹が減っている。で、目の前には気の合う女性がいる。なんか問題あるか?」
「ないよ」
「だったら文句ねえんだな?」
「いや、俺は帰るし、彼女も帰るってば。勘定は、近いうちにすぐ払うわけだ」
「なによう?」
 イッちゃんは、それが初めてではないのだが、よくやるように、俺の胸ぐらをつかむ。ただし、殴りかかってきたことはない。
「判ったよ。今度いっしょにお好み焼きに行こう。俺たち、重いレポートがあって、現実逃避してたんだよ」
「へ! ガクセイがよ!」
「すまん、イッちゃん」
「け!」
 イッちゃんが俺の胸ぐらから手を離して突き飛ばす。
 それをしおに、俺たちは店を出た。

「ビビることないのに」と祥子が言った。
「ビビってなんかないさ、あんなやつ」
「お好み焼きに、いっしょに行けばいいだけの話じゃない」
「君はそうかもしれないけど、俺はそうもいかないし。だいいち、行きたくなんてねえよ、あいつとお好み焼きなんて」
「あたしは食べたかったけど」
 なんとも言えない気分だった。

 高田馬場までの道。
 駅で別れるしかない。
「あたし、言ったのよ」
「何を?」
「本堂に」
「何をさ」
「今回の旅行のことね」
「何て?」
「クラスの男の子と、その友達と三人で行ったって」
「で?」
「別に」
「別に、って……」
「別に何も」
「言ったって……その……どこまでを言ったんだよ」
「全部言ったけど」
「全部?」
「全部の全部は言えないでしょ。一週間の話だもの」
 若かった俺。すこし、メマイのようなものを感じた。クラっと。
「俺とのことも?」
「うん」
「で?」
「だから別に」
「……」
「泣いてたけどね……。ふふ」
 俺は祥子の顔を見た。
 例の、こわばったようなほほえみがあった。
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2007年01月21日

【第016章】

 俺は、しばらくいとまごいをしていた翻訳会社に連絡を取った。会社では喜んで俺を迎えてくれた。
 そこでの仕事はいくつもあったが、基本的にはボウヤだ。

 翻訳会社とはいえ、ページいくらで訳をするのが本業ではなかった。某有名音響メーカーのカタログ作成がメインの仕事。それと輸出用カーステレオのマニュアル製作も、売上げの大きな部分を占めていた。
 ずらりと並んだIBMのPCや、クローンと呼ばれるいろいろなメーカーのPC、これらをいっきに立ち上げる。それぞれが、各国語の編集者とピア・ツー・ピアでつながっていた。
 翻訳は、英語がまず中心となる。スコットさん、カーティスさんなどがこれにあたった。ここで原稿が決まると、スペイン語がボハカさん、フランス語がベルモンドさん、オランダ語がイアンさん、後はドイツ語とイタリア語とスエーデン語だったか……。俺は各国語の翻訳者とチャットで連絡を取り、英語原稿を送り、後にその翻訳を受け取る。これが仕事の基本だった。
 チャットは俺のインチキ英語のこともあったが、仕事がせっぱ詰まってくるとみんなそういうお遊びには付き合ってくれず、ローマ字でメッセージが来たりした。
 面白いソフトがあった。Venturaという名前だったと記憶しているが、これはDTP(デスクトップパブリッシング)のはしりのようなソフトだった。黒地に緑のビットマップフォントで見えていた原稿を、このソフトに投げ込む。すると、くっきり鮮やかなアウトラインフォントでレイアウトが可能になるのだ。この、Venturaが載ったマシンだけに、マウスがついていた。Venturaのインターフェースは、後に目にすることになるMacそのものだった。
 俺はこのVenturaの使い手だったのだ。
 当時数百万すると言われていたヒューレットパッカードのレーザープリンタで、レイアウトを打ち出す。それをそのまま版下用の原稿にしていた。
 俺はざっと目を通し、明らかな誤字誤植がないと判ると、その用紙の束を、近くに事務所を構える《デザイナー》の杉田さんにそれを届ける。
 杉田さんは、今にして思うと「版下屋さん」だった。
 俺の渡したプリントアウトに素早くカッターを入れ、薄い方眼の入った版下用紙に、ツイーザー(ピンセット)とペーパーセメントを使って器用に貼り付け、またははがす。
 簡単なカラム組み(文字が細い柱に何段かに並んだ、新聞記事のような状態のもの)などは俺の方で出来てしまった。杉田さんはそれをべたーっと大きく貼るだけで済むことも多かった。
「しかし、そのベンチュラーなんてもんが出てくると、俺たちの仕事もこの先やばいよね」
 杉田さんはよく言っていた。

 翻訳会社では、俺をふたたび迎え入れてくれたばかりか、数万円の前払いまでしてくれた。当時の時給が1,500円だったのを覚えている。これは、アルバイトとしては今にしても、いやむしろ今と比べて、破格に高い部類ではないだろうか。何しろ、頑張った月には18万円近いアルバイト料を手にすることもあった。

 一方、学校ではえらいことになってしまった。
 アルバイト先での前払いに気をよくして出かけると、連絡用掲示板に、俺と大野祥子の名前が大きな文字で貼り出されていた。
「以下の者二名はすみやかに学部長まで出頭すること」
 俺は慌てて大野祥子の姿を探した。何人かの同級生に尋ねたが、誰もが首を振るばかりだった。
 たしか学生生協の書店かどこかで、俺は祥子を捕まえたんだった。
「掲示板見たか?」
「見たよ」
「えらいことになったな」
「そうなのかな」
「学部長だぞ」
「それは権威づけでしょ。O橋先生は確かに学部長でもあるけど、学部長の立場であたしたちを呼んでるんじゃないもの」
「どういうことだ?」
「O橋先生は東洋美術の一教授で、今回のゼミ旅行のリーダーだったけど、それと学部長っていう肩書きは関係ない」
「とはいえ、ちょっとヤバいぜ。いつ行く?」
「あたしはいつでもいいけど」

 O橋教授は、カンカンだった。本当に怒っていた。
「おまえたちは、学生失格なんてもんじゃない。成人として、まったくなってない。最低のクズだ!」
「申し訳ありません」
「とにかく、私の授業も、Y村先生の授業も、単位はないものと思えよ」
「わかりました」
「そもそも、私はゼミ旅行におまえたちが来なかったことを言っているんじゃないんだ」
「はあ」
「じっさい、家の事情やその他の理由で不参加のものも、幾人かは、いた」
「はい」
「しかしその者たちはあらかじめ、旅行には欠席の意思表示をしている。ふだんからいい加減なおまえたちは知らぬと言うかもしれないが、私の授業ではなんども旅行への参加の意思を確認していた。おまえだって、参加申込書は出したろう」
 なんだか記憶があやふやだったが、出したような、気もした。
「出したと思います」
「一人の大人が、だ、ある団体旅行への申し込みをしておきながら、何の連絡もなく集合場所に現れんとは一体どういうことかと」
「すみません」
「それを私は言っているんだ!」
「すみません」
「おまえたちは知るよしもないかも知れないが、我々は、新幹線に乗る時刻ギリギリまで、おまえたちを待っていた。こういう人の気持ちをどう考えるのか、ということだ!」
 聞いているうちに、俺は、O橋教授の弁がまさに当を得ていることに恐縮し、身が縮んだ。そうだ、確かにゼミ旅行への参加名簿に名前を記入したのを思い出した。
 あやまり続け、教授に返答するのは俺だけだった。祥子はうなだれるでもなく、背筋を伸ばしたままだった。その表情をうかがい知る隙はなかった。
 教授の矛先は、祥子に向けられた。
「君はどうなんだ! 悪びれた様子もなくさっきから黙っているが、どういうつもりなんだ!」
「別に」
「別にとはなんだ!」
「連絡をしなかったのは悪いと思いますけれど」
「そのことを言ってるんじゃないか!」
「では、誰に連絡をすればよかったんですか?」
「なんだと? それは私にでもいいだろうし、同級生の誰かでもいいじゃないか」
「特に知り合いもいないので。それに先生の連絡先もわかりませんでしたし」
「まったくわかっていないようだな!」

 俺は祥子の足でも踏みつけるか、頭を押さえつけてやりたかったが、そうもいかなかった。
 O橋教授の激昂は、しばらく止まなかった。
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2007年01月20日

【第015章】

 翌朝、コーヒーも飲まなかった。ホテル代ですっからかんだったのだ。祥子はいくらか持っていたのかも知れないが、聞かなかった。

 俺は電車を乗り継ぎ、自分のねぐらに戻った。
 俺が住んでいたのは、大井町の学生寮だった。当時は携帯電話などなかったことは繰り返し書いているが、実を言うと俺は自分の電話も持っていなかった。寮生の全員がそうだった。これはいくら当時とはいえ、時代がかった話だ。
 そういうわけで、かかってくる電話はすべて取り次ぎ、だった。昼間は寮監が、夜になると主に一年生が当番で電話番にあたる。黒電話が鳴ると当番が答え、電話がかかってきた相手の部屋のインターホンを鳴らす。インターホンで呼ばれた者は、電話室に向かって固いタイル張りの廊下を大急ぎでやってくる。サンダルの音が廊下にパカンパカンと響く音が、今でも耳に残っているようだ。
 電話の履歴はすべて表に記すようになっていた。なので、自分が不在だった時の電話の様子も、その表を見れば明らかになる。
 案の定、昨夜の電話受けリストには、N島からの電話がずらりと並んでいた。最後のものは午前2時を回っていた。当番は0時までだったので、これはそのとき、電話室の近くにある談話室でTVかなんか見ていた寮生が、気を利かせてくれたものに違いなかった。

 N島の気持ちを慮ることもなく、俺は昨夜を反芻していた。
 《ペット》のことも、祥子から聞いた。
 《ペット》こと、本堂正一(仮名)は、あるエロ雑誌のライター兼編集者ということだった。年齢は祥子と同じ。俺よりひとつ年下ということになる。厳密には、祥子は早生まれだったので俺より2歳若いんだが。
 二人の同棲は、祥子が進学のため上京したころに遡る。どうやって出会ったんだか、聞いたはずだが、今は思い出せない。
「だからうちには、スゴいビデオなんかがたくさんあるよ」と祥子は言ったんだった。「そういうのを観ると、笑っちゃう」
「笑っちゃう?」
「だって、可笑しいんだよ。鳥みたいにさ。きつつきみたいに」どうやら、男のものを口に含んで動く女のことを言っているらしい。「速回しで観るともっと笑えるの」
「笑えるかな」
「笑えるよ。男と女なんて、やることみんないっしょだもんね」
 若かった俺は、その言葉に傷ついた。「俺たちもか?」というわけさ。それでまた、挑みかかったんだった。
 キツツキには、なってもらえなかったが。

 俺はベッドでまどろんだ。
 目覚めると、日が傾いていた。
 その日は風呂の日だったのを覚えている。
 寮の風呂は、毎晩ではなかった。月・水・金・土……だったか。そのため、きれい好きのやつらは、寮の風呂がないときには銭湯へ行くのを日課にしていたりした。
 風呂は、寮の用務員さんが、ボイラーを沸かしてくれる。掃除が寮生の仕事だったかどうか、どうしても思い出せない。
 浴槽には、熱いのが入っているやつとふつうのとがあり、遅くに入浴する連中は、熱い方から湯を掬ったりした。23時を過ぎれば、熱い方に身を浸してもいいというルールもあったと記憶している。
 俺は二部の学生だったので、夕方の授業さえなければ、一番風呂に入ることができた。その日も、一番風呂を決め込んだ。一晩中抱き合いながら、俺も祥子も昨夜はシャワーひとつ浴びなかったのだ。
 風呂には、S先輩がいた。この人は、もう4年。変わった人だった。ひとことで言えば、老人。俺はこの先輩には恩義があった。
 かつて、北の棟の4Fに部屋をあてがわれていた俺は、電話に出るのにも外へ出るのにも不便で仕方なかった。しかも4Fの角部屋は、夏暑く冬寒い。他の寮生たちは、部屋にきっちりと絨毯を敷き詰め、コタツで生活していたが、北海道人の俺にはコタツはあまり馴染みがない。せっかくの板張りの床をカーペットで覆ってしまうことも、もったいないと思われた。そんなわけで俺は、部屋の中で履く靴を用意し、小さな電気ストーブだけで暮らしていた。寒いのも当たり前だ。やたらと生活感の溢れた他の寮生に比べて、俺はどこかヨーロッパの街の屋根裏部屋にでも住んでいるように、自分の暮らしを気取っていた。どてらは着なかったし、ジャージとスリッパで寮内を歩き回ったりもせず、部屋にいるのに白いシャツに、たまにはネクタイまで締めて、袖まくりして机に向かっていたのだ。
 部屋は毎年入れ替えが行われ、年次が上がるごとに順繰りに、内側へ下層階へと移動していくのだが、俺はズルをした。S先輩に取引を申し出たのだ。
 S先輩の部屋は南棟の3Fの角部屋。やはり寒さ暑さには変わりないと思われたが、その一棟は築年数がいくらか新しいせいか北棟の暗い雰囲気とは違っていて、廊下などはペンキも真っ白に新しく、まして一番奥の部屋ともなれば廊下の突き当たりを私有できる。理想的な部屋だったのだ。
 S先輩はウワサによればもう何年も学校には行っておらず、当然ながら卒業の見込みもないとのこと。それを気にするふうでもなんでもなく、いつも寮の自室で、寝て暮らしていた。
 いつか俺が遊びに行ったとき、S先輩は、ほとんど全くモノのない部屋で、ベッドの上にまるでミイラかなにかのようにまっすぐ横たわり、寝ているのか起きているのか、そのままの姿勢で、小さな声で、
「誰だ? タカギか? ……冷蔵庫にビールがあるから、飲んでいいぞ」と言ってくれたんだった。
 俺はS先輩の仙人のような暮らしぶりに感心すると同時に、どうしてもその部屋が欲しくなった。
「次の部屋替えの時、俺にここを譲ってくれませんか?」
「じゃあ、俺はどこへ行けばいい?」
「さあ、それは」
「まあ、どこでもいいさ。でも、自治会の執行部は何というかな」
「それもコミで、なんとかお願いします」
 S先輩は、自治会長・副会長などの役職には就いていなかったが、誰しも一目を置く存在感があった。俺はそこを見込んだのだ。
「じゃあ、俺も条件を出していいか?」
「はい、もちろんです」
「タカギはテレビは持っているの?」
「持っていますが、まったく観ません」
「どんなテレビ?」
「赤い、ふつうのやつです」ガチャガチャダイヤルのついた赤いアレが、当時の《ふつう》だった。
「じゃあ、それを、俺にくれ」
 改めて気づいたが、S先輩の部屋にはTVがなかった。
「よろこんで差し上げます。あ、先輩。ファミコンもつけますよ」
「ほんとか!」
 仙人のように見えたS先輩、ほんとはTVもファミコンも欲しかったのだ。
 そんなわけで、俺は他の寮生たちにはいぶかしがられながら、狙いの3F角部屋を手に入れたのだった。
 話は逸れたが、S先輩が、洗い場の隅で、静かに体を洗っていた。ド近眼の先輩のこと、眼鏡を外していては、こっちが誰だかわかるまい。
「S先輩、こんちわ」
「おお、タカギか」
「ちょっとご無沙汰でした」
「うん。あんまり、悪さしちゃ、だめだぞ」
 俺は、なんだかこの先輩にはなんでも見抜かれてしまっているようだな、と思ったことだった。
 体を洗い、お湯に浸かると、大野祥子との関係が洗い流されてしまったような、ちょっと寂しい気持ちになったのを覚えている。
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2007年01月19日

【第014章】

 帰りの船では、上の空だった。
 祥子に触れた手の感触。そして、彼女のけいれん。
 何度も指を嗅いでしまった。まだ、匂うような気がした。
 祥子はN島とも、ほがらかにやりあっていた。
 もちろんN島は上機嫌。
 昨夜、あいつが狸寝入りではなかったことは、明らかだった。
 
 ときおり、祥子は俺を見たが、複雑な表情は特になかった。
 でも俺は、何かすべて見透かされているような、祥子が俺とN島の二人の、優位に立っているような感じを覚えた。
 あざ笑われているような感じ、だ。

 往路ではちっとも意識しなかったのだが、船は途中、いくつかの島に寄港する。
 俺にはそれがとてももどかしかった。どういうわけか判らなかったが、早く着きたい、とばかり感じていた。
 一方N島は、
「ああ、もう旅も終わっちゃうんだなあ」だとか「このまま今度は、どっか東南アジアに行きたいなあ」などと、ノーテンキをかましていた。

 夕暮れ時の東京湾に、船が入る。しかしそこからペースをぐっと落として、桟橋に着くまでには時間がかかる。
 俺たちがめいめいの荷物を手に陸に上がったのは、20時ごろではなかったかと記憶している。
 こんなことは、調べれば判ることなのかもしれないが、主観的な記憶で書いていきたい。

 N島は元気だった。
「どっかで飲む? それとも、ラーメンでも食べる?」
 俺も、祥子も、それには応じなかった。
 浜松町の駅に向かった。

 当時、俺が住んでいたのは品川区大井町。電車で言えば京浜東北線。大井町駅ではなく、大森駅が最寄りだった。
 N島は恵比寿。
 大野祥子が《ペット》と高円寺に住んでいたことは、すでに書いた。
 《ペット》……。
 こいつの存在が、帰途ずっと、俺を悩ませていた。
 大野祥子のエクスタシー。けいれん。ペット……。
 そいつは、ペットなんかじゃない。
 その存在は、れっきとした男として、俺のなかでふくれあがっていた。
 《ギリシア彫刻》のように美しい、大理石みたいなすべすべの肌の、大野祥子と、棲み、寝て、彼女をイカせている男。
 ちくしょう!
 男と女の、営み。
 それも、きわめて日常的なやつ。
 なんてこった!!
 
「じゃあ、タカギは京浜東北線でまっすぐ帰るのかよ」N島が言った。「おねえちゃんは、俺が送って行くので、ご心配なく」
「送ってく、って……中央線まで、か?」
 なんだか「高円寺」というのが、いやな気がした。
「送ってくれなくてもいいわ」と祥子。
「まあ、そう言わず」
 浜松町駅改札での、会話だ。
「俺も山手線に乗るよ」と俺は言った。「疲れちゃいるけど、ここで別れるのはなんか寂しいや」
 N島は、露骨にいやな顔をしたわけではなかったが、肩をすくめる感じだった。
「じゃあ、恵比寿でとりあえず降りて、ビアパブでも行くか?」とN島。
 俺も、祥子も、それには答えなかった。

 品川駅で、俺たちは座席を得たと記憶している。
 座るなり、N島はうとうとし始めたんだった。
 祥子は、きわめて小さい声で、
「高田馬場ね……」と言った。

 電車は恵比寿駅に着き、タイマーでも仕込まれていたようにN島も目を覚まし、ホームに降りた。
 俺も降りた。
 祥子は、戸口まで来て、
「あたし、疲れたから、やっぱり、帰るね」
「え?」と、目を丸くするN島。
 引き留める間もなく、扉は閉まった。
 小さく手を振る祥子。
「ちぇ!」と、芝居がかった動作で指をならし、ホームを踏みしめるN島。「どこまで行ってもわからんなあ、おねえちゃんは」
 先に立って、東口へ歩いていく。
 今のように自動走路がガーデンプレイスにつながっている東口ではない。「おゆきさん」だかなんだかいうおでんの屋台があったころの小さな改札口だ。
 やつは、俺が当然ついてきて、いつもの通りにビアパブに行くか、ビデオレンタルで何かを物色するか、そんなところだと決め込んでいる。
「俺も疲れたから、帰るぜ」
「まじにか? ここまで来たのに?」
「ああ」
「泊まっていけよ」
「いや。久しぶりに、自分のねぐらに帰るわ」
「そうか」
 俺は、やつの見ている前で、ちょうどやってきた内回り、つまりは品川行きの電車に乗り込んだ。
「じゃあな。楽しかったぜ」
「おう。また近いうちにな」

 目黒までの一駅が、気が狂いそうに長かった。
 降りるとすぐに、向かいのホームに滑り込んできた渋谷・新宿方面行きに乗り換える。
 よもやN島がまだホームにいるなどとは考えられないが、恵比寿駅では少しだけ身をすくめた。
 
 高田馬場。
 改札に出ると、大野祥子はそこにいた。
 バッグを足もとに置き、突っ立っていた。
 なんとも言えないうれしい気持ちがこみ上げた。
「お待たせ」
「いがいと早かったわね」
「一度品川に戻るふりなんかして」
「別に、N島くんに隠すことなんて、ないと思う」

 俺たちは、「すずめのおやど」にも「コージーコーナー」にも行かなかった。
 今もまだあるのかな。早稲田通りを西に少し向かい、右に折れたところにある「ニュー高田」。
 ラブホテル。
 入ったことはなかった。
 俺たちは、ためらいもなく、生け垣風のその入口をくぐった。

 どんな部屋だったかは、もちろん覚えていない。
 ただ、頭の中で、今も、相対的な方角? ドアとベッドの角度、そして俺たちがどんなふうにその部屋に入ったのか、その位置関係だけは、これは残っている。
 部屋に入ると同時に俺たちは、まるでコントのように、そろってバッグを床に落とし、そのまま抱き合った。
 キスをして、髪の毛をまさぐりあったんだった。
 もつれるようにベッドに倒れ込み、一度顔を離し、俺は大野祥子を見つめた。
「いいのか?」
「いいのか、って何」
「家は、いいのか」
「家なんて、ないけど」
「男だよ、彼氏だよ」
「よくはないよね」
 祥子は、いつもの、歪んだような、侮蔑的な笑みを浮かべた。
 俺の中で、怒りというのか、激情というのか、なんとも言えない、熱い感じが爆発した。
 俺は、祥子の着ていたペナペナした迷彩柄のTシャツをたくし上げた。
 なめらかな腹の下に光ってる、ホットパンツのボタンをねじって外した。
 どっかで読んだ記事を思い出した。
「女の子の下着を脱がせるときには、横からではなく、後ろから。そうするとスムーズに……」

 裸で交わったんだか、迷彩シャツが残っていたんだか、記憶はない。
 無我夢中で、抱き合った。
 祥子は、激しく、イッた。
 俺が脚の間に入り込んでいるのに、彼女がイクときには、その脚がぴーんと伸びてぴったりと閉じられる。
 俺はその長い脚の間からはじき出されるかたちになり、俺の一部だけが、彼女に刺さってる。
(ペット野郎め! リクガメ野郎め!)
 俺は何度でも復活した。
 その夜、あるいは、朝まで、何度やったかわからない。
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2007年01月18日

【第013章】

 バーは閉店となり、俺とN島は最後の名残と、大浴場へ行くことにした。
 祥子は部屋の風呂に入ると言った。

 脱衣所で、タオルを腰に巻いたN島のあそこが、突き上がっていた。
 酔っているのもあったんだろう。N島は恥ずかしがることもなく、俺がそれに気づいたと知ると、白い歯を見せて笑った。
 俺たちはサウナにこもり、大きな浴槽を二人で使い、背中を流し合った。
「いやー、よかったよ。ほんとにいい旅行になった」N島は心底からと言った調子で。
「来てよかったなあ」
「おう。誘ってくれて、ありがとうな」

 女は風呂が長いからなあ、などとお互いにいいかわしつつ、俺たちはおもいきりゆっくりと風呂を使い、部屋に戻った。
 祥子はいなかった。
 風呂場からも、音はしない。覗いてみたが、姿がない。
「俺たちが長風呂なんで、ロビーにでも出てるんじゃねえか?」
「けど、売店も何も、真っ暗だぜ」
 俺たちはそれでも、コップにビールを注ぎ合って飲んだ。
 大瓶を1本残し、持って帰るわけにもいかない飲み残しの島酒の瓶に手を伸ばした時も、祥子は戻って来なかった。
 どちらからともなく、様子を見に行こうかという話も出たが、N島はかなり赤くなっていた。
「おねーちゃん戻ってきたら、必ず起こしてくれ」
 そう言うなり、布団に寝そべり、いびきをかきはじめた。
 俺は一人で焼酎を舐めていた。
 
 どれくらいたったろう。
 ドアが静かに開く音がして、ふすまがさっと開き、俺たちと同様、浴衣にどてらを羽織った祥子が戻ってきた。
「やっぱり大浴場に行ったんだ」と、俺は小声で。
 祥子は大の字になって眠っているN島を見下ろしながら、軽くうなずいたように見えた。
「ビール飲むか?」
「飲む」
 俺は静かに冷蔵庫を開けて、最後の大瓶を取り出し、栓を抜いてやった。
 透明の液体の入った俺のグラスと、祥子のビールで小さく乾杯をする。
 祥子は声を立てず、唇で、
「寝てるの?」と。
「うん」と、声もなくうなずく俺。「おーい」
 俺が寝ているN島に声をかけたのを遮るように、祥子は唇に人差し指を当てた。

「二人でお風呂で騒いでるの、聞こえてたよ」
「そっか」と俺。「とにかく、最後がこうなって、安心したよ」
 祥子は答えない。

 言いだしっぺは、俺だった。
「最後だし、ちょっと庭に出てみないか?」
「いいけど」
 部屋のキーを忘れないようにつかみ、タバコを薄いどてらの懐に入れ、俺たちは部屋を出た。

 月明かりだった。
 俺たちは毎日過ごしたプールのわきのステージに腰をおろした。
 タバコに火をつけた。
「ちょっと酔ってるかも。お風呂も入ったし、熱い」
 祥子が言った。
 俺は、タバコを棄てた。
「俺も、熱い。この島は、熱い」
 意味不明な言葉さ。
 祥子の肩に手をかけた。
 抵抗されなかった。
 キスした。
 抵抗されなかった。

 月明かりがあるとはいえ、誰もいないそのステージで、どうしてそこから先に行かなかったのか。
 若い者の考えていることはわからない。
 俺たちは、手をつないだまま、ホテルの中をうろつきまわった。
 どちらも何も言わなかったが、どこか空き部屋かなんかを探していたんだろうか?
 宴会場も、会議室も、施錠されていなかった。大解放だ。
 だのにどうして、ああやって長い時間、暗いホテルの中を探検していたのか、今もってわからない。
 けっきょく俺たちは、自分たちの部屋に戻ったんだった。

 N島は、その姿勢もいびきも、そのままだった。
 幸い? やつは部屋の隅っこに横たわっていたので、大部分は空いていた。
 俺と祥子は、ふとんをくっつけて、それぞれに横たわった。
 手を握り合った。
 俺が祥子のふとんに潜り込むことも、祥子がこっちに転がり込むこともなかった。
 だが、俺は、手を伸ばした。
 浴衣の上から、祥子の腰骨に触れた。
 うっすら湿り気を感じた。
 浴衣の前を割って、祥子の胸に触れた。
 いまいましいブラジャーがあった。
 それを押しのけて、乳首に触れた。
 祥子が反応した。
 同時に、N島のいびきが大きく後を引いて、そのまま停まったかと思うと、意味不明の寝言とともに吐き出された。
 俺は、祥子の股に手を伸ばした。
 薄い下着の上から中心に触れた。
 祥子が、すごく反応した。
 下着の中心部の横から、指を滑り込ませた。
 濡れていた。
 祥子が俺の手に手を添えて、濡れている中心から、上へとずらした。
 こりっとしたとんがりがあった。
 俺はそれを、なるべくやさしくこすった。
 濡れているところから、その湿り気を運んできて、やさしくこすった。
「もっと速く」と祥子が言った。はっきり言った。
 俺は、速く、強くこすった。
 祥子の両脚がぴーんと伸び、俺の手を挟み込んだ。
 病気の人が苦しんでいるようなうめき声を上げて、祥子は背中を反らせ、けいれんした。
 がくがくっと、何回かふるえたかと思うと、急に弛緩した。
 女がイッたのを見たのは初めてだった。
 祥子は少しのあいだ、だらしなく両脚を広げていた。
 やがてくるりと向こうを向き、小さな声で、
「おやすみ」と言った。
「おやすみ」と俺も言った。

 俺は暗がりの中で、祥子をこすった指のニオイを嗅いでみた。
 いやなニオイじゃなかった。むしろいいニオイだった。
 指はなんだかお湯にふやけたようで、爪の生え際がしみるように感じた。
 俺はその指を口に含んだ。
 しょっぱかった。
 そしてその手で、こんどは自分のを握った。
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2007年01月17日

【第012章】

 この章と、そこから先へ続く話を、書いていいものかどうか、俺はかなり悩んだ。
 なんでそんなことをブログで公開するのか、という疑問がなんども首をもたげた。
 しかし、ここまで書いてきた「ササイにまつわる話」を、ここで中途半端に終わらせるわけにもいかないだろう。

 これを読むことで、人が俺のことをどう思うかと思うと、気が滅入る。
 しかし、かつて小説とやらを書こうとして、俺が乗り越えられなかった壁も、そこにある。
 つまり、自分を素直にそのまま投げ出せないというやつだ。

 気取って、てらって、いいコになって。
 それで「ブンガク」なんかを目指していたというんだから、愚かな話だ。

 なので、書こうと思う。
 なに、たいした話じゃない。
 小説? 文学? 詩?
 くそくらえだ!

==============================

 楽しいのだかストレスが溜まり続けているのだか、わけのわからないその旅の、最後の夜のことだ。
 俺たちはホテル内のレストランで夕食を摂った。

 俺が窓辺の席に座り、その正面が大野祥子、そして彼女の隣がN島だった。
 冷酒を何合か飲み、祥子も上機嫌に見えた。
 潮騒こそ聞こえなかったが、窓の外には暗い海が広がり、他にほとんど客もおらず、俺たちはすっかりくつろいでいた。
 N島にしてもしかり、だ。
 祥子は、やはり未だN島とは視線を合わせようとはしなかったが、それでもその夜は、N島の軽口に、薄い笑いを見せたりしていた。
 N島はじっと祥子を観察していたのだった。その様子は、俺の場所からはよく見えた。
 N島は何かを心に決めたんだろう、祥子の椅子の背もたれに手をかけ、祥子の肩を抱くような仕草で、彼女の顔をのぞき込んだ。
「おねえちゃん、あのさー」
 祥子の表情が凍り付いた。
「オレ、なんか、気に入らないこと、したかい?」N島は酒が強くはない、しかしそれゆえさほど飲まないし、その夜も酔っているようには見えなかった。「この旅行の間中ずーっと無視され続けてさ。寂しかったよ」
 空いた手で、N島は祥子のグラスに酒を注いだ。
 祥子は椅子を引きながら、N島の手を払いのけるように立ち上がった。いやな予感がしたが、特に激しい動きはなく、祥子はテーブルをぐるりと回って、俺の隣の空席に座った。つまりN島と向かい合わせに。
「気に入らないことは、特にしていない」と、棒読みのような口調で祥子は言った。「けれど、私はあなたのことは好きじゃない」
 祥子がN島と目を合わせたのは何日ぶりのことだったろうか。
「い、いや、わかってるよ、そんなこと」
「だったらいいでしょう」
「うん……いいよ」
 俺は口を挟んだ。
「おねえちゃんも、悪かったと思うぞ。悪いと言うよりちょっと意地悪だ。俺ならとっくにキレてた」
「いいよ、タカギ」とN島。
「いや、よくないよ。けどまあとにかく、最後の夜なんだし、楽しく話そう。な?」
 俺は、今度は自分が? と実は少々びくびくしながら、祥子をうかがった。
 祥子は軽く何度かうなずいた。

 島での失敗談や思い出話などをするうち、この数日間はなんだったんだと思った。
 N島も、すっかりうれしそうだった。
 ホテルの食堂の夜は早い。すっかり馴染みになったマネージャーがやってきて、
「こちらはもう、閉めますので。続きはまた、下の方でいかがですか?」
 《下の方》というのは、例のディスコだ。
 だが俺たちは、その日は少し気分を変えたかった。
「バーはやってるんですか?」
「ええ、バーの方は営業しておりますよ。0時までとはなっておりますが」
 俺たちがそれまで、《バー》に寄りついていなかったのは、値段の問題だけだった。

 ふかふかのソファに埋まるようにして、ウイスキーやカクテルをめいめいが頼んだ。
 驚いたことにというか、俺は初日、口に合わないと思った島酒がすっかり気に入ってしまっていて、おなじものがまだ部屋にはあるというのに、島酒をロックで頼んだ。最後に丸く納まりそうなその旅行と、ひととき俺たちを楽しませてくれた八丈島への感謝もあった。
 飲んでいて気になりだしたことがある。
 これまでの息苦しさはわかるが、N島のやつ、祥子に近づきすぎていた。
 例によって、祥子の背もたれに手を伸ばしたり、空いた手で、祥子のひじをつかんだり。
 俺はけっしてヤキモチではなく、ことの行く先にヒヤヒヤしたんだった。
 果たして、N島は酔いが回ったのか、祥子の膝に手を置いたりした。祥子は特に不快感を見せるわけでもなく、かつて三人でそうしていたように、和やかに話した。
 もっとも、彼女独特の、あのこわばった感じは、常につきまとっているんだが。
 そのとき俺は、あることに気づいた。
 ノーテンキに大口を開けて笑っているN島を適当にあしらいながら、何か暗号でも送るような目で、祥子が俺を見ているんだ。
 俺が自意識過剰なのか?
 いや、そうじゃない。
 口パクこそしないまでも、明らかに祥子は、
(こいつって、バカよね)と言ってるように、俺には思えた。
 やがて、
(さあ、早くここを出ましょうよ)と言っているようにも、思えるようになってきた。
 N島は、俺たちのその無言のやりとりにはまるで気づかないようで、バーには他の客がいないのをいいことに大声で笑い、しゃべった。

 そのうち、バーテンダーが、酒を運んできたついでに、
「カラオケ、いかがですか? 若い人の歌はないかもしれんけど」と言って、部屋の隅を指さした。
 今でも宴会場なんかにはあるタイプの、キャスターつきのカラオケマシーンだった。
 中身はさすがに8トラテープではなく、LDか何かだったと記憶している。
「カラオケ、いいねー!」とN島は当然盛り上がり、分厚い歌本をめくり始めた。「ちぇ、ちっとも新しいの入ってねえや。たのきんトリオでも行くか!」

 N島が斜め下の目線でカラオケのモニターを眺め、顔を青白く光らせている間、祥子は声に出して言った。俺が思っていた通りの台詞だ。
「早く行こうよ。私耐えられない」
 ギラギラした、怖い目だった。

 N島は「哀愁でいと」を歌い終え、「イエーイ」と拳を振り上げると、席に戻ってきて、
「おまえら、ぜーんぜん聴いてない。さ、今度タカギな」と、分厚い歌本を投げてよこした。
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2007年01月16日

【第011章】

 船は波止場に着くとき、一群の人たちから歓迎を受けた。
 フェリーには、俺たちのような遊びモノばかりではなく、帰省や、その他の理由や、つまりいろんな人が乗っていたということだ。
 それでも俺たちはその歓迎を自分たちへのものと強いて錯覚して、いい気持ちになってみた。

 波止場では、ホテルのクルマが俺たちを待っていてくれた。
 乗り込んだのは俺たちだけ。気分は専用リムジンだ。
「すぐに着きますから。ほら、見えて来ましたよ」
 コロニアル調のホテルは、れっきとした南の島のリゾートで、椰子の木の立ちのびたドライブウエイに異国情緒を感じた。
「白亜の宮殿だな」と俺たちは口々に。
 いや、正確には、俺と祥子がささやきあい、N島と俺とががっちり握手したといったところだ。
 チェックインカウンターの向かいに、硝子張りの大きなショーケースがあって、そこに《きょん》がいた。剥製だ。
 「八丈島のキョン」と言えば、俺たちの世代で知らない人はいない、「がきデカ」こと《こまわり君》の有名ギャグだ。
 きょんは、子鹿の頭にイノシシのような丸い体を持ち、細い足の先に偶蹄がついている、なんとも不思議で愛嬌のある動物だった。
 ただ、剥製だったので、独特の、ちょっと不気味なムードがあった。
 大野祥子は、食い入るようにきょんを観ていた。後で判ることになるが、彼女は《剥製》を観ていたんだな。

 ホテルは内装もなかなかにゴージャスだったが、俺たちの通された部屋は拍子抜けするような和室の大広間だった。
 荷物を投げ出して、大の字になってみた。N島も俺と同じ格好をした。が、表情はそんなにはしゃいではいなかった。

 八丈島は、周囲60キロメールほどのひょうたん型の島だ。
 着いてから気づいたのだが、あちこちを見て回るには車が要る。
 フロントにお願いして、レンタカーを手配してもらった。
 どういうわけだか、明日まで車が借りられないと言われたので、徒歩で町へ出た。
 こぢんまりとした町食堂に入り、カツ丼を食ったのを覚えている。島酒とやらいうイモ焼酎も飲んでみた。うまいとは思わなかったが、これも島の味と思い、帰り道に酒屋に寄って、一本買った。

 いくつかの記憶。
 借り物のキヤノンの一眼レフで、俺は祥子の写真を撮りまくった。写真の知識がまったくなかったもので、今思うと大口径のレンズを絞り込んで使い、へたくそな写真を何本も撮ったと記憶している。
 他に人のいないプール。突然の驟雨。プール脇の天蓋つきステージに避難。
 千畳敷という溶岩の海岸。
 灯台のある岬の突端。大野祥子は崖っぷちまで行って下をのぞき込んだ。
 誰もいない山道でのスイッチバックで、後輪2つが崖に脱輪。万事休すかと思われたが、3人で軽自動車を押して何とか助かった。
 調子に乗って浜に乗り入れて動けなくなり、漁師風の寡黙なお兄さんが、無言のうちにジープで駆けつけ、ワイヤーで引っ張ってくれて脱出した。
 今思うと非常識だと思うが、俺はポケットにあった二千円を差し出した。お兄さんは、むっとした顔をするとワイヤーを素早く束ね、行ってしまった。
 ホテルの地下には、ディスコがあった。ずいぶん安い料金で利用できた記憶がある。俺たちは毎晩そこに入り浸っていた。
 とはいえ客は俺たちだけ。ずいぶん妙な空間だった。
 相変わらず、祥子はN島と口を利くことはまったくなかった。
 痛々しいのを通り越していたが、祥子を説得することはかなわないと思われた。

 3日目あたりか、とても若い団体客がやってきた。
 女の子が多いが、男の子も混ざっている。
 俺たちが貸切っていたようなリゾートホテルは、急ににぎやかになった。
 その日も、ディスコに繰り出し、いつものボックス席にふんぞり返っていると、例の団体の子たちがわらわらと入ってきた。
 その中の一人がおずおずと、俺に話しかけてきた。
「あのう。昼間、プールで、ずっと観てたんです。みなさん、モデルさんとか、ですか?」
 大野祥子の美貌とプロポーションは間違いないところだ。
 N島は、今で言うならSMAPのクサナギ君のような顔で、手足もすらり、いやむしろひょろりと長い。
 笑っちゃうのは手足の短いこの俺だが、これでも若いころはほっそりとして、顔もそれなりに美しかったんだ(笑)。
 ただ、まだ数日の南国滞在で、俺たちはまだなまっちろかったけど。
「モデルなんかじゃないよ。それより、君たちはなんの旅行?」
「あたしたち美容師なんです」
 正しくは、愛知県のある美容学校の研修旅行ということだった。
 歳はおおむね3歳くらい若いということがわかったが、すぐにうち解けて、いっしょに楽しく遊んだ。
 N島は祥子に無視され続けていた鬱憤をいっきに晴らすかのように、彼女らと会話を楽しんでいた。
 祥子だけは、皮肉っぽく口を歪めたまま、彼女らを見下しているような表情だった。
 俺は急にナニかが切れたように感じて、祥子に言った。
「なんでそうつまらなそうにしてるんだよ。もうずっと黙っていたけど、N島への態度も最低だぞ。3人で旅行に来てるんじゃないか」とかなんとか。
「N島君なら楽しそうにやってるじゃない」
「今だけのことじゃないよ。ずっと無視し続けてるじゃないか」
「だって、話すこともないし」
「とにかくその態度はヘンだぜ」
「あ、そう」
 しばしの、間。
 祥子は急にすっくと立ち上がると、
「あたし、部屋に帰るね。ちょっと眠りたいから、なるべく遅く帰って来て」
 そう言い残して、ディスコを出ていってしまった。
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2007年01月15日

【第010章】

 八丈島にゆくのには、竹芝桟橋から、フェリーに乗る。
 乗り込むのは、夜だ。
 島に着くのは、朝だ。

 何度も書いていて、悔しいのだが、とにかく俺たちの若い頃には《ケータイ》がなくって。
 しかし、それで鍛えられていたある種の《カン》というのもあるんだよな。
 あいつは今日は遅れそうだな、とか。
 今は家にいるだろうか? とか。

 そんな《カン》が働いたのかな。
 電話したのは、俺だった。
「今日、20時半に、竹芝、大丈夫?」ってな電話をかけたんだった、大野祥子に。
「あたし、やっぱり旅行やめようかなと思う」
「はぁ? なんで?」
 やっぱりすぐに返事はなかった。
「どうしたの? なんでだよ」
「……」
「ゼミ旅行が気になるのかい?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ、何さ」

 とろとろとしたやりとりの末、祥子が口を開く。
「やっぱりあたし、N島くんが、や」
「は? だって、水着買ってくれたり、あいつはいいやつだろ」
「そういうのがいや」
「意味わかんないよ」

 何をどう説得したのか覚えていないが、俺はとにかく、
「浜松町までは来るように。そこでまた相談しよう」なんてことを言ったんだった。
 いらぬ刺激は禁物という感じだった。

 俺たちはなんとか浜松町で、ミートできた。
 大野祥子は言った。
「あたしはとにかく、N島くんとは話さないから」
「話さないって?」
「話さないということ。それでもいいなら、行く」
「じゃあそれでもいいさ」
 俺たちは、竹芝桟橋までの暗い道(今はどうか知らぬ)を歩いたのだった。

 いつもは時刻にルーズなN島が、フェリー乗り場に先に到着していた。
 両手と大股を広げるようなオーバーなアクションで、俺たちを迎えた。
 けど、すでにそのときから、ぎくしゃくしていた。
 N島は、芝居気取りで祥子の手を取り、フェリーへのタラップを上がろうとする。
 その手を、祥子は思い切り振り払った。
 N島のとまどいの目は、俺に向けたれた。
(なんなんだ? これ?)という目。
 俺も、芝居がかって、両手を広げて見せた。

 フェリーの部屋には一応のグレードがある。
 俺たちの部屋は、雑魚寝の一番下等な船室だった。
 俺は、昔、修学旅行で《青函連絡船》に乗って、えらい目に遭ったことがある。
 船酔いするタチなのだ。
 というわけで、船酔いの前に酔ってしまおうということで、ラム酒を持ち込んでいた。
 マイヤーズだった。

「とにかく、酒飲んで、床に平たくなっていたら大丈夫だと思う」と、俺は主張し、フェリーが波止場を離れる前から、プラスチックコップで、マイヤーズを舐めていた。
 大野祥子にも勧めた。
 酒をあまり飲まないN島にも勧めた。

 船は桟橋を離れた。

 あれは何なんだろう。
 未だに判らないんだが、東京湾には、キリンみたいな、よくわからん構造物が並んでいる。
 それが、ピカピカ光って、なんともロマンチックな気がした。きれいだった。
 俺たちは、フェリーの甲板で、思いのほか速く沖へ出て行くフェリーの速度を味わいながら、東京湾を出た。

 やがて沖へ出て、観るモノもなくなると、俺たちは所定の船室に戻った。
 室内は混んではいなかった。
 青くて安っぽいカーペット。
 壁に仕切られた、荷物入れの棚。
 安っぽい部屋だった。
 大野祥子は、かつての、おなじみの、着た切り雀の青いワンピースを着ていた。
 そして、そのあまり清潔とは言えそうもない安物のカーペットに横たわり、濁った緑色の毛布をかぶって、眠ってしまった。

 俺は、未だにそうなんだが、一泊目のホテルや、ましてや知らない部屋、それも蛍光灯の灯っている部屋なんかでは眠られない。
 国際線の旅客機内でも、キャンプのテントでも、眠れた試しがない(良質の睡眠薬を持っている今は、なんとかなるだろうけどな)。
 そんな、落ち着かない気分を抱きながら、酒も飲まず、落ち着いてるようでもないN島のココロがどこにあるか、俺には判るような気がした。
 祥子の、そっけない態度だ。
 実際、祥子は、船に乗る前から、N島とはいっさい口を利いていなかった。

 俺とN島は、甲板に出た。
 手すりにもたれて、暗い海を眺めた。

「あのよー、こうして、海面を眺めているだろ。しばらくしてから、甲板を観ると、今度は甲板が海みたいにうねるんだよ」と俺は言った。
 マイヤーズをラッパ飲みしながら。
 N島はそれには答えず、
「何なんだよ。何かあったのかよ」とつぶやいた。
「何が?」
「おねえちゃんの、態度だよ。俺のこと、まるで無視してるよ」
「……気のせいだろ」
「そうかな。そうとは思えないよ。あまりにヘンだ」
「考えすぎだよ。オンナってよ、気まぐれなんだよ」
「俺にはそうは思えない。明らかに俺を、露骨に無視してるよ」
「気のせいだって」
 と俺は適当なことを言いながら、N島が欲しくもないだろう缶ビール、船の中なので安くもないやつを、自販機で買ってやって、渡したんだった。
 N島は、ぷしゅっと栓をあけ、うまくもなさそうに一口飲み、やつらしくもない乱暴な仕草で、それを海に遠く投げた。
 ビールのしずくが、俺にかかった。
「おい!」
 N島は、答えず、海に目をやりながら、
「何か、ヘンだよ……」と、ひどく呪わしい口調で、つぶやいた。
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2007年01月14日

【第009章】

 八丈島。
 俺たちの結論はそれだった。
 授業の一環である「ゼミ旅行」をキャンセルして、その間、手近な南の島で、過ごす。
 一週間。
 このプランには、もちろんN島も巻き込むことにした。
 実を言うと、俺には少し、サディスティックな気持ちもあった。
 N島は、アルバイトもせず、仕送りと学生ローンだけで暮らしている。
 当然ラクではないはずだが、これについて来ないわけにはいかないよな、という意味だ。
 俺と大野祥子は、旅行代理店のカウンターで電話を借り、N島に電話した。
 夕方だったと記憶しているが、やつは、いた。
 何しろ、携帯電話のない時代だから、部屋にいるかいないか、大きな問題なのだ。

「ハチジョージマ、行くぞ。いいか?」
「なんだよ、とつぜん」
 いやも応もない。
 代理店のカウンターで、申し込んだ。
 俺は旅行代理店で、まして女の子とならんで、旅行を申し込むなど初めてだった。
 すこし緊張した。
 旅費は一人、5万円と少しだったと記憶している。
 翌日持参することを約束して店を出た。

 ここで、確認しとかなくてはいけないのだが、この時点で、俺は大野祥子と、肉体関係はない。
 どころか、キスもしていないし、手を握ったり肩を抱いたりしたことは、あったのか、どうなのか。
 なにしろ、彼女の同棲相手《ペット》の存在があったし、N島とも牽制関係にあった。
 青春って、そんなもんなのだ。
 だから、みだりに手は出さなかった。
 だから? 違うな。
 まだ、俺は大野祥子に、心理的に飲まれていたんだと思う。

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 八丈島プランは、N島を大喜びさせた。
 だが、やつには問題があった。
 5万円の旅費の捻出だ。
 俺には幸い、その余裕はあったが、やつは手持ちがなかった。
 いつものように、《ヤクルトを飲みに》行った。
 やつの親は教師だったので、与信はOKだ。
 やつが9万を借り、なんだか中途半端な野郎だなあと思ったのを記憶している。

 俺の知らない間に、N島は大野祥子を連れ出し、水着をプレゼントしたらしい。
 祥子から聞いて知った。
 俺がその時、どういうことを思ったのか、はっきりした記憶はない。
 ただ、ひとつ覚えているのは、
「その事実をこうして学校で聞けるんだから、俺は優位だよな」なんて思っていたことだ。
 それにしても、あの無一物のN島が9万円をつまみ、5万円の旅費を残しつつ、水着をプレゼントするなんて、豪気なもんだと思ったんだった。

 この旅行に関して、ひとつ気になることがあった。
「こういうことを聞いていいのかどうかわからんけど、その、君の一緒に住んでいる彼は、今回の旅行に関しては問題ないのかい」とかなんとか聞いたんだった。
「いいの、あいつは」
 この一言は、俺を喜ばせた。
 どうでもいいやつなんだ。
 一方で、俺をいらだたせた。
 《ギリシア》に「あいつ」と呼ばれる、「一緒に棲んでいる男」!
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2007年01月13日

【第008章】

 大野祥子の胃けいれんは、後に聞いたところによると《ストレス》が原因と考えられる、とのことだった。
 あの、かったるそうな、ベッコウぶち眼鏡の医者の弁だ。

 祥子に養生を勧めるため、俺たちの連夜の夜遊びは、少し控えることになった。
 その間も、俺とN島はアタマを付き合わせるようにしながら、話し合った。
 やはり《ペット》の野郎というのは、彼女にかなり大きなストレスを与えているんじゃないか?
 そこから逃れるように、彼女は俺たちといるんじゃないか。
 しかし、やつとは離れられない。
 それが《ストレス》の本体だ。
 ってなところが結論だ。

「俺はとにかく、バイトに戻るよ」と俺。翻訳会社から、何度も電話をもらっていた。
「俺も何かやらないとな」とN島。予備校生と偽ってもらっている仕送りと、かさんでいく借金だけが資金源だった。

 さて、ところで、俺は仮にも「美術専修」に身を置いていた。
 自分では、西洋の近代美術が好きだったが、授業の半分は東洋美術だった。
 その道では有名な研究家である先生たちも大勢いたが、授業で扱う対象は、枯れていて、狭くて、深くて……俺にはとても興味が持てないものだった。
 たとえば、仏像が結跏趺坐(けっかふざ)しているのは、蓮の葉っぱの上だ。この蓮をよく観察すると、蓮がタネから芽を出して、やがて花になり、童子を産むとやらいう、《蓮華化生(れんげけしょう)》とやらいう、一種の絵巻物が描かれているんだな。
 これが、その仏像やその制作年代によって、異なるっていうんだな。
 そういう研究をやらされるんだ。
 今思うと、なんとなく面白いと思うけど……。
 一方、神仏混淆の美術という地味なやつもあったな。
 いわゆる、ニッチな研究だ。
 裸体の女性モデルをクロッキーする授業では、けっこう褒められていた覚えがある。
「速いね、君は」と、言われてた。褒められると、出るようになるんだな、授業に。

 そんな中、「ゼミ旅行」の話が聞こえてくるようになった。
 これは、遊びでもなんでもない、単位取得のためのれっきとした授業なんだ。
 今思えばそうそうたる教授陣を先達として、奈良や京都の寺を巡り、仏像を鑑賞しながら、自分たちがこれまで学習してきたことの、実物を観るという、実地研修だ。
 『見仏記』のみうらじゅん氏などが聞けばその《杖》で殴られちゃいそうだが、俺にはこの旅行が憂鬱のタネだった。
「なんで、ぞろぞろ奈良なんて行って、古ぼけた仏像なんて観なくちゃいけねーんだよ」というわけだ。
 みうらじゅん氏に殴られるな。
 だって当時は『見仏記』が刊行されてなかったんだもん、しょうがない。
 俺は、《ルプティニ》でコーヒーを啜りながら、大野祥子に言った。
「ゼミ旅行、めんどくさくないか?」
 すでに胃けいれんからは快復していた大野祥子が、なんと答えたか、記憶はない。
 だが、その後すぐに、西早稲田にはたくさんあった旅行代理店のどこかで、いくつかのパンフレットを手に入れ、俺たちの《バカンス》を計画し始めたことははっきり記憶している。
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2007年01月12日

【第007章】

 俺とN島の間は特に険悪になったわけでもない。
 N島は、
「俺、将来さ《恋愛専門雑誌》を作ろうと思うんだ」というくらいの恋愛至上主義者で、しかも惚れっぽい。
 《恋愛専門雑誌》の切り口は、悪くないと、今でも思うが。

 俺たちは、大野祥子がいないとき、彼女のことを「おねえちゃん」と呼んでいた。
 やがて、三人の時でも、そう呼ぶようになった。
 もっとも、最初、N島は《クイーン》という呼び名を提案したんだった。
 しかし実は俺は、小学4年生の時に、同じような遊びをしていたんだった。
 親友のK君とともにB子ちゃんを取り囲み、彼女を《クイーン》と呼んでた。
 その遊びがどんなふうに終わったのか。あまりいい思い出はない。
 それがよみがえったので、
「クイーンはやめにしようぜ」
「そうか」
 で、なんとなく「おねえちゃん」になったのだ。
 この呼び名は、当時は行ったこともないクラブかなんかの「おねえちゃん」のニュアンスもあったし、俺たちの頭上に君臨するワガママ女としての「おねえちゃん」の意味も兼ねていた。
 が、かつて《ギリシア》と呼んでいたほどに「この世ならぬ美貌の女」を「おねえちゃん」と呼ぶことを、俺の口は、あまり喜んではいなかった。

 俺を前に、さんざっぱらN島を罵倒しつくした大野祥子だったが、その後三人で会っても特に変わったことはなかった。
 しかしそれは手練手管という感じには見えず、むしろ、俺の前で言ったことを、なーんも覚えていないようだった。

 そんなとき、小さな事件が起こった。
 小さいとは言えないかもしれない。
 その日俺たちは、いつもの恵比寿のビアパブで飲み食いし、祥子が「帰りたい」というので、N島のボロアパートへ一時撤退したのだった。
 そのころすでに、祥子が言う「帰りたい」というのは、《ペット》と棲む自分の家に帰りたいというより、「その場を立ち去りたい」の意味になっていたから。
 N島の部屋では、もっぱら、プロモーションビデオを観ていた。
 ボロアパートで可能な音量ギリギリに上げて。
 USより、英国系のが多かった。
 The Smith、New Order、The Clash、Eurythmics……。
 盛り上がっているのは俺たちばかりで、祥子は部屋の隅で膝を抱えていることが多かった。

 その夜、先に異変に気づいたのは、N島だった。
 俺は色覚に異常があるので、いわゆる物理的な人の《顔色》というやつがよくわからない。
「どうしたの? まっさおだよ」
 とN島が祥子に問いかけた時も、よく判っていなかった。
 祥子は、眉根をひそめ、何かに耐えているような、苦しげな表情だった。
 切れ切れに聞き出したのは、とにかく猛烈に胃が痛いと言うこと。
 とにかく横になれよ、というわけで、祥子はN島のせんべい布団に横たわった。
 様子はどんどん悪くなり、ついに祥子はN島の部屋の隅に、吐いた。
 俺は、自分の良くないところだなと未だに反省があるんだが、人の吐瀉物ってのが苦手だ。
 いや、苦手じゃない人なんていないんだろうが、そのてんN島は、優しい。
 吐いている祥子の面倒を見ながら、吐いたモノの始末をしたり、忙しい。
 やがて、うめきとも悲鳴ともつかない声を絞り出す祥子をみて、俺とN島は同じことを考えた。
「救急車呼ぼうぜ」
 俺が受話器を取り、N島に又聞きした住所を伝えながら、祥子の症状を告げた。

 N島の狭いアパートに、担架が運び込まれ、祥子は救急車に乗せられた。
 俺たちも同乗した。
 何を食ったか、飲んだか、そんなことを聞かれたので、俺たちはそれぞれもちろんスラスラと答えた。
「ビールを3杯くらいに、ソーセージに、キャベツの酢漬けに、スパゲッティね。それで、あなたたちはなんともないの?」
「なんともないです」
「俺もなんともないです」

 救急車は、麻布のある病院にたどり着いた。
 ここでひとつ、関門があった。
 保険証がない患者は診られないと、年増の看護婦が言うのだ。
 今と違って、カード型のをめいめいが携帯している時代じゃない。
 もしやと思いながら、祥子のバッグを探ってみたが、教科書や、安っぽい財布や、鍵や、そんなものの他に、もちろん保険証はなかった。
 では、どうすればいいのか? と俺たちは看護婦に詰め寄った。
「後でお返ししますけれど、現金があれば、診察します」
「いくらですか?」
 たしか、3万円を少し超える額だったと思う。
 俺のマネークリップには1万円と少し、N島は、カネそのものを持ってきていなかった。
 看護婦は、冷徹に、
「では、うちでは診察できません」と言い切る。
 今にして思えば、六本木あたりから運ばれてくる、怪しい急性アル中患者なんかから、とりっぱぐれた歴史もあったんだろうと思う。
 それはともかく、暗い待合室ロビーのソファの上でうなってる若い女が目の前にいるじゃないか。
 けっきょく、取引は成立した。
 俺がマネークリップの芯に、運転免許証を挟んでいたからだ。
 それを、コピーでなくて現物を預けること、そして、大野祥子が学友であり、支払いに関しては責任を持つこと、とやらなんやら言う書類に署名し、拇印を押した。
 それでやっと、奥から、かったるそうな医者が現れたんだった。

 診察結果は「胃けいれん」だった。
 筋弛緩剤かなんかだろう、太い注射を打たれたと、後で祥子に聞いた。
 すっかり元気になって、薄笑いさえ浮かべながら、祥子は診察室を出てきた。
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