2007年02月15日

【第041章】

 寮の郵便受けに、蛸山からのハガキが入っていた。

*その後、引っ越すたびごとに棄てようかどうしようか迷いながら、ついに今の家まで持ってきてしまった手紙箱の中に、いまやかなり黄ばんだそのハガキを見つけることが出来た。
 細い水性ボールペンを使って、横書きで、読みづらい字で書かれている。
 そのまま写してみよう。(小山恭子というのは、仮名である)

「前略。
 予告もなく××××寮を去ったことを謝る。すれ違いが多くてその機会が持てなかったのだ。他意はない。おまえはおまえで忙しそうだったが、おれはおれでいろいろなことがあった。まずバイトをした。いつまでもやっかいになっているわけにもいかんと思ったのでな。いくらか蓄えようと思った。少しは貯まったよ。そんな時、小山恭子に偶然再会した。で、なんとなく小山のところに転がり込んだかたちになり、しばらく付き合っていたのだが、わけあってまたそこを出ることになった。
 今は京都で『回り舞台』を押している。(舞台の下の空間と『奈落』って呼ぶのを知っていたか?)その奈落で、ドレイ船のようにぐるぐると棒を押している。舞台の上には、あの『いぬ』の町田町蔵が出ている。おれにはやさしくていい人だが、こないだは奥さんをサンダルで殴りつけていたよ。怒らせると怖そうだ。ハハハ。
 人生いろいろあるが、いまはとりあえず楽しいよ。高木も元気でな。では。」


 小山恭子というのは、実は俺の中学時代からの同級生だった。高校も同じだったのだが、その6年間を通して、俺にはあまりはっきりした思い出がない。成績も優秀で、姿もきれいだったと記憶しているが、異性として意識したことはほとんどなかった。
 中学・高校を通して、美術部にずっと所属していて、当時も武蔵美だか多摩美だかに通っていたとは聞いていた。
 蛸山とはあまりに不釣り合いな気がしたが、今思うと似合いだったのかもしれない。
 
 思いがけない喪失感を感じた。

 部屋は、いつにもまして、きれいに調えられていた。
 ただ、人気はもちろんなく、ひんやりと、寒かった。
 俺はどこかに蛸山の痕跡がないか、見回したが、何もなかった。
 なくなっているものもなかった代わりに、やつが残していったものも、何もなかった。
posted by TAKAGISM at 00:00| Comment(0) | ササイのことで思い出した
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