2007年02月25日

【第051章】

 このころの思い出で、忘れられないことがひとつある。

 以前、祥子を寮の中に忍び込ませる時の基地として使った《ビーンズ》という喫茶店。
 その店は、俺が東京で暮らすようになって初めて一人で入った喫茶店だった。
 ずいぶん古風な、むしろ埃くさいほどの店で、何もかもが褐色だった。
 カウンターの上のかごに、果物が盛りつけられていた。
 俺は触るともなく、その果物に触った。するとそのかごの下から、大きなゴキブリが這いだし、カウンターを横切ったかと思うと壁をつたって、どこへともなく消えた。
 俺は何か悲鳴のようなものをあげたんだろう。
「アハハ」と笑ったのは、カウンターの中の女の子だった。「それは、ホンモノよ」
「違うよ、果物のことじゃない。今、でかい虫が」
「ああ、ゴキブリね。ごめんなさい。店が旧いからたくさんいるのよ」
 彼女の言葉には、かなり風変わりな訛りがあった。最初、中国人かと思った。
 ネルで丁寧に漉したコーヒーを出してくれながら、
「ゴキブリを見たことがないの?」
「はじめて見た。俺、北海道だから」
「あら、あたしと逆。あたしは沖縄」
 それが、千里(ちさと)ちゃんとの最初の出会いだった。
 千里は、沖縄の宮古という島の出身だった。
 中学卒業と同時に、二人の友人とともに、いわば集団就職をしてきて、今は共同生活をしているという。
 一人は同じく《ビーンズ》に勤めているそうだが、もう一人は羽田のある工場に勤めているのだとか。
 睫毛が濃く、彫りの深い顔立ちをした、綺麗な子だった。
 今、この歳になってみると、彼女の清楚で若々しい美しさは、もっとまぶしく感じるような気がする。
 そのときの俺の印象は、明るい田舎出の娘というものだった。
 
 寮での同級の友達は大勢いて、一人一人を紹介していてはそれこそ青春群像になってしまう。
 ただ、ここでは南村武(みなみむら・たける)を紹介しなくてはならない。
 南村は、俺よりも年少だった。
 つまり、現役で東大理学部(番号はよく覚えていない)に入学した秀才だった。
 俺がつけたあだ名は《ウーパー》。両目が離れていて、低い鼻に大きな口が、ウーパールーパーにそっくりだったのだ。
 京都の仏教系進学校出身で、最初こそ変な標準語を話していたが、やがて、京都の言葉で喋り出すようになると、親密度が深まった。
 夜中にドテラ姿でサンダルの音も高らかにやってきては、
「なあ、松屋いかへん?」と、いちばん多く声をかけてきたのはこいつだ。
 愛嬌のある憎めないキャラクターで、気前もよかった。
 京都の人はしばしばパリジャンになぞらえられ、合理的でシブチンのような言い方をされるが、俺の知る限り、京都出身の友人は一様によく気がつき、きっぷがいい。
 ただ、こちらは悪く言えば大雑把な北海道人のこと、そのもてなしや気遣いに甘んじ続けていると、いつの日か、
「あんた、ほんまに気がきかへんなあ」と愛想を尽かされることになる。
 
 話をもとに戻そう。
 まだ、南村がヘンな標準語を脱ぎ去ろうとしていたある日のことだ。
「駅の向こうの西友に大きな本屋があるけど、いかへん?」と誘われた。
「いいねえ。けどその前に、イブニングコーヒーを飲もうぜ」
「ええよ」
 俺にはそのときちょっとしたイタズラ心があった。
 《ビーンズ》の千里ちゃんが、いかにも南村の好みにぴったりと踏んでいたのだ。

 俺はそれまでに数回、すでにビーンズには通っていたので、いつものように入り、奥のカウンターについた。
 くっついてきた南村の顔を見て、俺は吹き出しそうになった。
 南村の目が、まるでハートのようになっていたからだ。
 それはあまりに大げさで、リアリティにかけるな……。実際のところ、頬が真っ赤になり、口が半開きだった。
 何事もすぐ、顔に出てしまうやつなのである。
 俺と千里が気軽に話す様子を見ながら、南村は覚えたてのタバコを、むやみに吹かすばかりだった。
「あ、千里ちゃん、こいつ寮の仲間のタケル。よろしくね」
「あ、あ、み、み、南村ですぅ」

 やがて、千里と一緒に勤めているという、カナエという子が入ってきた。
 どういうシフトだったか今では覚えているはずもないが、そうやって入れ替わり立ち替わり、あるいは同時に、カウンターを仕切っていたのだ。
 カナエは言葉数も少なく、目つきも鋭く、千里ほど人なつっこくはなかったが、これも綺麗な子だった。

 ビーンズを出ると同時に、南村は決して演技でもなく、へなへなと電信柱にもたれ、
「あかん。オレ、あかんわ」と、うなされたように言ったのだ。
「一目惚れかよ」
「理想や。オレの理想のコやった」
「そっかそっか。千里ちゃんは彼氏なしだぞ」
「ほんま? あかんて、それ」
「なんで、あかんの? ええやん」
「あかんて……」
 南村は泣き笑いのような顔を俺に向けた。
「さて、本屋行くか」
「ちょっと待った。本屋いう気分やないわ。飲みにいこ。ええやろ」
 そして、駅の向こうの書店は、ナシになった。
 
 その頃、俺たちがよく行く店と言えば、駅の向こう側の「のんき茶屋」という居酒屋だった。
 注文を頼むたびに「ハイッ、モズク酢、ヨロコンデー!」というようないせいのいい店だ。
 ここでの料金は、どんなに飲み食いしても、一人3千円くらいのものだったと思う。
 決して安くて粗悪な店ではなかった。
 それゆえ、ここでの飲食は手形のような役割を果たしていた。つまり、
「すまん、レポート手伝って〜。のんき1回」ってなものだ。
 この日は、南村から俺へ「のんき1回付き合って〜」というわけだ。
 
 ここには、コヅエという女の子が働いていた。
 背は小さくガリガリに痩せていて、出っ歯の子だった。
 しかし、なんとも言えない愛想の良さがあって、くるくるとよく働いた。
 寮の先輩たちの中には、まるで下女にでも命令するみたいに、
「おい、コヅエ! 冷酒まだかよ!」とあからさまに威張り散らす者もいた。
 コヅエはいやな顔ひとつ見せるでもなく、
「はい〜、ただいま〜、ヨロコンデー」と働いていた。
 なんというか、酔客の潜在的なサディスティック願望を満たすために存在しているといったふうで、少し痛々しかった。
「おまえ、時給いくらなんだ?」とずけずけ訊く先輩もいれば、
「ほんとボケてんな〜、オマエ」などと言う同輩もいた。
 そういう宴会で、心の優しい南村はいつも気を痛め、翌日になるとたいてい、
「なあ、コヅエの様子、見にいかへん? オレ、おごるし」
 などと気遣いを見せていた。
 俺はそんな南村の行動に、ちょっと高所から見下ろしているような、かつ潜在的な恋愛感情を感じていたのだったが。
 その日の南村は、コヅエのお愛想に少しも反応しないばかりか、まるでタマシイでも抜かれたかのように、生ビールをあおるのだった。
「タケルさん、元気ないんじゃないですか〜?」とコヅエ。
「うるさい。ほっといてえな」と、珍しく声を荒げる南村。

 ビーンズのマッチでタバコに火をつけたとき、あるイタズラ心が湧いた。
「南村よ〜、千里ちゃんに会いたいか?」
「会いたいわ〜。そら、会いたいわ〜。こんな気持ち、初めてや」
「今、会いたいか?」
「会いたいけど、また行ったら、アホみたいやんか」
「そうじゃないよ」
 言い残して、俺は座布団から立ち上がり、レジの脇の電話に向かった。
 一か八かだったが、マッチに刷られた電話番号を回した。
 カナエが出たと記憶している。
「千里ちゃんは、まだ帰ってない?」
 俺は、レジ上の時計を見た。21時直前。いるという確信があった。
「いますよ。替わります」

 俺は、いま駅の裏の居酒屋で南村と飲んでいることを伝え、来ないかと誘った。
「行っていいなら。行きたいです」
「カナエちゃんは?」
「カナエは、あと1時間半あるので」
「じゃあ、あとで合流するといいさ」俺は要領よく場所を伝え、万が一のためにと《のんき茶屋》の電話番号をメモさせた。「すぐに来れる?」
「もう、出るところだったので、すぐ行けますよ」
「じゃあ、二人で楽しみに待ってるから」

 10分もしないうちに現れた千里を見たときの南村の驚きと喜びといったら、いま思い出してもこっちが嬉しくなるようなものだった。
「はよせいや!」などと、普段はねぎらっていたはずのコヅエをせかし、生ビールを取り寄せるのももどかしく、南村は興奮していた。
 千里は緊張気味だった。
「東大って、なんか雲の上の人みたいよ」そういう千里は、今思うと16歳だ。
「そんなことないで。ほら、ここにおるで」

 やがて、カナエも合流し、彼女らの緊張も解けだした。
 ま、プチ合コンというわけだな。
 いろんな話をしたが、こんなエピソードを覚えている。
 俺が言った。
「今、オレ、歌を作っていてさ」
「え? 作曲家なんですか?」
「いやいや、そんなんじゃないけどさ。その中で、ある歌詞があるんだけど、それって、君らの言葉で言うと、違うんだろうな」
「どんな歌詞?」
「『へんな顔のオヤジが僕のところへ寄ってきた』って言うんだけど」
 彼女らは、そんな面白くもない話題にコロコロと笑った後、教えてくれた。
「ピンナカマスノヤガドゥ、ワガトゥクマン、ユッチッチ」
 なるほど……。
 こういう記憶というのは、案外消えないものだ。

*間違っていたら教えて下さい>沖縄の人。

 戸越銀座のそばにあるという彼女らのアパートに門限はないが、工場で勤めている友人が心配するかもしれない、と彼女たちは言い出した。
「その子も呼べばいいのに」と俺。
「そや。タクシー代なら、オレが払うし」と、太っ腹な南村。
「でも、連絡がとれないから……」
 携帯電話どころか、彼女ら三人の所帯には、電話回線のひとつすらなかったのだ。

 名残惜しかったが、お開きにした。

 帰り道、南村は、
「おおきに。おおきにな」と繰り返した。

 俺たちは《ビーンズ》にさえ行けば千里にもカナエにも会えたし、彼女らのシフトに併せて、そんな飲み会を繰り返した。
 しかし、南村は《告白》をしたわけではないし、その4人の関係に、何かの変化があったわけでもなかった。
 行く店もいつも《のんき茶屋》と決まっており、話題もたわいないものだった。
 
 こんな話も覚えている。

「台風は、楽しいものよ」と千里が言った。
「えー? 恐ろしいものじゃないのかい?」
「瓦は飛ぶし、木も折れるけど、来るのがわかると家族で準備をするのよ」
 おとうさんは窓を板で打ちつけ、食料を備蓄し、家の中に籠もる。
 おとうさんたちは昼間から泡盛をやり、子供たちはトランプやゲームに興じる。
 電気が切れるともっと楽しい。
 ローソクの火をたよりに、昼も夜もなく、飲めや歌えで遊ぶというのだ。
 なんだか、ほんとに楽しそうな話だった。
「いつか行ってみたいな、宮古島に」
「いいところよ」

 そんな話をしていたのは、N島や祥子と八丈島へ行く、ちょうど一年前くらいではなかったろうか。

 さて、俺はまた、この話の時間軸を大きくねじってしまったわけだが、話は、祥子の家から大森に戻った日々に戻る。
 俺は、めずらしく自分から南村の部屋を訪ねたんだった。
「ひさしぶりだなあ」
「ひやしぶりやね」
「《ビーンズ》行ってる?」
「行ってへんよ」
「なんで?」
「あのコら、やめてもうたわ」
「で、どこにいるの?」
「わからへん」
「わからん、って……店長に訊けばいいじゃん」
 ごくたまに、夜遅く集金に顔を出す男がいたのだ。
 彼女らは《店長》と呼んでいたが、コーヒーを出すような仕事をしているのは見たことがない。
「何も教えてくれへんねん」
「今から行こうぜ」
「行ってもムダやと思うで」

 《ビーンズ》は、閉店していた。
 千里とカナエの消息はそこで途切れたわけだが、後日、意外な再会を果たすことになる。
posted by TAKAGISM at 00:00| Comment(2) | ササイのことで思い出した
この記事へのコメント
俺のいたずら心には 困ったものですね(笑
彼女達との意外な再会とは・・・いろいろ推理してます!
Posted by バーニィー at 2007年02月26日 05:50
ゴキを生まれて初めて見た時は悲鳴をあげてしまったんですね。
そんなウブな少年が後にあのムービーを作るとは・・・(笑)
思わずニヤけてしまいました!!
Posted by acco at 2007年02月26日 13:17
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: