2007年02月27日

【第053章】

 X先生のスコッチはたちまち空になり、俺たちは肩を組んで文学部の門を出た。
 そのまま、諏訪通りを、つまり戸山公園に沿って西へ歩き、明治通りに出て左折し、新宿へ向かって南下した。
 途中、X先生に教わった英語の歌を、二人して大声で歌ったのだが、どんな歌だったか、もう忘れてしまった。
 大久保で、X先生いきつけだという台湾料理店へ入った。
 俺たちはフェンチューを飲んだ。
 フェンチューというのは、コーリャンを原料とした非常に強くクセのある酒だ。

 さて、俺の記憶は一度ここで途切れる。

 ダンスミュージック。
 薄暗いクラブ。
 外国人ばかり。
 ただし、焦げ茶色のジャケットを着たX先生が壁沿いの椅子に崩れかかり、あごを胸に埋め、その眼鏡が鼻にずり落ちていた記憶がある。
 スレンダーな金髪の女の子と踊った。
 割って入った碧い目の男と口論。
 大勢の外国人に取り囲まれる。
 黒い髪のラテン系の女が、俺を引っ張っていく。
 洗面所で、手のひらに掬った水を顔に叩きつけられる感覚。
 
 ここでまた、記憶が途切れる。

 早朝だった。
 気がついたのは大きな寺の門。その土台の張り出しに俺は座り込んでいた。
 あごを持ち上げられ、とがった爪で鼻をつままれた。
 見上げると、あのラテン女だった。
「メガサメタカ?」とラテン女は言った。
 女は光沢のある紫色のシャツに、黒いタイツを身につけ、先が反り返った魔女のようなブーツを履いていた。
 状況がまだ飲み込めなかった。
「FUCK、コトバニイウノハ、サイテイ。コロサレテ、モンクイエナイ」
「誰が?」
「ダレガ? アナタガイッタデショウ」
「ああ、あの銀色の髪の野郎か」
「ギン、ジャナイ」と、ラテン女はそれがすごく重要なことのように。「アレハ、シロ。シロイ、アタマデショウ。ギンジャナイ」
 カタカナ話は読みづらいな。
 その後に判った話も含めて、彼女の話を要約しよう。

 昨夜は、月に何度かそうするように、新宿2丁目のクラブで酒を飲み、踊っていた。
 そこに場違いな日本人の中年男と若者が泥酔して現れ、店のムードを壊した。
 中年は酔いつぶれ、若者はスウェーデン人のゲイと口喧嘩を始めた。
 場のムードが険悪になったので、自分はそれを納めた
 相手の男が、小男でアルビノのオカマでまだよかった。
 そうでもなければ、若者は叩きのめされて、それっきりだったろう。
 夜が明け、いよいよ店じまいの時刻になった。
 相変わらず酔ってフラフラしている若者を叱咤しながら、寺の前まで来た。

「Thank you for your kindness.」
「アー、アナタエイゴ、シャベル、ウマクナイ。ワタシノ、ニホンゴウマイ、アナタノエイゴヨリ。ワタシ、アナタノエイゴ、キキタクナイ」
 痛烈にそう言われ、しょげた。
「コーヒーでも飲もうか」
 頭が割れるようだった。若さゆえか、胃には来ていなかった。
 彼女の言葉はまるでカタカナなんだが、読みづらいので、この先は普通に書くことにしよう。
「この近くには、ありません。この時間にコーヒーを飲ませる店は」
「駅方面へ行けばいいんじゃないかな」
「私には予定がある。友達の家に泊まります。友達の家は、駅の方ではない。今は何時か。7時にはベルを押していい約束になっている。7時までには少し間がある。だからあと少し、私はここであなたと話していることができるのだ」
「電話番号、教えてくれない?」
「なぜ、私の電話番号を知りたいと思うのか?」
「いつかこのお礼をしようと思うから」
「では、教えましょう」
 彼女は大きなバッグから手帳を取り出し、その1ページを乱暴に引きちぎると、寺の門柱に押しつけて、名前と数字を書いた。
 俺はその綴りと、欧米人独特の読みづらい数字を、声に出して確認した。
 番号は、03から始まる都内のそれではなかった。
 
 彼女の名前はソフィア・ペドロス。

 ……仮名である。
 本当の名前はもっと美しいのだが、インターネットで検索できてしまうことがわかった。
 《N島》や《大野祥子》のモデル捜しに奔走している人がいるとも聞く。
 空しいことである。


 ローマからやってきて埼玉県の某市に住み、もう6年以上になる。
 ソフィアはイタリア国籍である。
 父親はスペイン系であるので、苗字がスペイン風である。
 彼女は実績のあるアーチストで、東京芸術大学に留学している。

 今思うと懐かしいが、少しもロマンチックな場面ではなかった。
 俺は、頭ごなしにガミガミ怒鳴られていたようなものだ。
 ラテンの女ったら……。

「あなたは見ることができる。この時計が、7時15分を指しているのを。しかし、実はいまは7時ちょうどなのである。なぜなら、私はいつも時計を進めておくからだ。なぜか。私は好まない。他人と同じ時刻を指している時計を、自分の腕にはめることを」
 俺にはそう言ったときの、彼女の語彙とイントネーションと少しおかしいニホンゴが、今も耳に浮かぶのだが、それをカタカナに移すのは、少々無理がある。
「わかった。あなたは行かなくてはいけないということだね」
「そうだ。私は行く。あなたは私に電話をするつもりであるか?」
「するよ」
「だとすると、今日と明日は、そのコールには誰も出ないだろう。なぜか。私が自分の家に戻るのは明後日だからだ。あなたが、私にお礼をしたいというのは本気であるか?」
「本気だよ」
「そうであれば、そのときの電話で約束をしよう。なぜか。私は思わないからだ。何を。あなたが約束を覚えていられるとは。なぜか。あなたはまだ酔っているからだ」
「わかったよ」
「では、また会いましょう」
 ソフィアは、さっと手を差し出し、俺はそれを握った。
 少しごわごわしていたが、細い骨組みの手だった。

 朝ぼらけの街でも信号はちゃんと仕事をしていて、点滅する青信号に、ソフィアは横断歩道を渡り、新宿御苑に沿って歩き出した。
 その時だ、俺が大事なことに気づいたのは。
 尻ポケットに入れていた札束がない。
 俺は、道路の向こう側に向かって大声で叫んだ。

「ソーフィアー!」
 外国人女性の名前をこんなに大声で叫んだのは、後にも先にも、いまのところ、それっきりだ。
 緊急事態にもかかわらず、俺は「なんだか映画みたいだな」と感じたことだった。まったく馬鹿である。
 ソフィアは振り返った。
 俺は車道の左右を確認すると、大きな通りを走って渡った。

「ねえ、俺の金を知らない?」
「金? 私がなぜあなたの金を知るか」
「昨夜、ポケットに入れていた金が、まるごとないんだ」
「私は知らない」
「そうか。困った」
「あのハウスは、最初に金を取る。だから、その時まで、あなたの金はあったことになる。どんなサイフをあなたは持っていたか」
「サイフじゃなくて、お金をクリップでとめただけのやつ」
「いくらだったか」
「15万円くらい」

 彼女は両手を広げ、頭を振りながら、天を仰いだ。
「あなたは賢くない。どうしたって、そのお金は、もう戻ってはこないだろう」
「だろうね」
「そしてあなたは、今いくらかのコインを持っているのか?」
 言われて、前ポケットをさぐると、十円玉などが数枚出てきた。
「これだけだ。電車にも乗れないや」
「あなたは私に金を貸してほしいか。そうならば、そう言うがよい」
「貸して欲しい」
「いくら必要なのか」
「電車賃だけなら五百円あれば足りるけど、タバコとコーヒーが欲しいので、千円貸して欲しい」
「わかった。あなたは、私へのお礼ととは別に、そのお金を返すであろう」

 ソフィアはふたたびバッグをまさぐり、大きなガマグチのようなサイフを出すと、そこから千円抜き出して俺に渡した。
「ありがとう。ちゃんと返すよ」
「ところであなたは、今すぐのタバコが欲しくないか?」
「とても欲しい」
「私はタバコを持っている。たった今のために一本与え、それに加えてマッチもひと箱与えよう」
 ソフィアのタバコは、俺が当時吸っていたのと同じ、セブンスターだった。
 俺はありがたく一本を受け取り、桜餅の匂いのする側面を嗅いだ。
 もらったマッチで火をつけ、濃い煙を吸い込んだ。

「ありがとう。生き返った。君も吸わない?」
「私はあなたが目覚める前に、お寺で一本吸ったから、今は吸いたくない。それに、友人の家に急ぎたい。私は疲れていて眠りたいのに、あなたがそれを引き止めたのだ」
「悪かったよ。とにかくありがとう」
「どういたしまして。しかし、あなたが私にするお礼は、かなり先になるだろう。なぜか。15万円は、少なくないお金だと私は思うからだ」
「でも電話はするよ」
「その電話で、親しい話をしましょう」

 ソフィアは、きびすを返し、歩き出した。
 その背中に、俺はもう一度、声をかけなくちゃならない用事を思い出した。
「ソフィア!」
 うんざりした様子で振り返る。

「俺と一緒にいた、茶色の服着た眼鏡のおじさんがどうしたか知らないか?」
「私がなぜあなたのボーイフレンドのことを知るか」

 言い残して、ソフィアは行ってしまった。
 俺は笑いだし、タバコの煙にむせて咳き込んだ。
posted by TAKAGISM at 00:00| Comment(10) | ササイのことで思い出した
この記事へのコメント
とっても気になるのは 祥子さんとの約束・・・と
ボーイフレンド(笑)の行方・・・と
15マン!!
Posted by バーニィー at 2007年02月28日 04:28

このみなぎる自信はなぁに??
デビュー戦で報_^酬まで貰っちゃって、もう最強でしょ!!!!
http://arctries.com/pre/9gw0ib4/
Posted by 黒ごま at 2010年11月02日 02:04
ここには秘密がいっぱい!運命を体験したいなら利用しよう!
Posted by モ バ ゲー at 2011年12月10日 22:08
もうどこのSNSでも一緒じゃん。ってかゲーム機能の充実さで登録するかしないか決めてるようなもんだわ。って良いながらさ新しいとこ登録するんだけど結局ここに戻ってきてせっせとメッセ投げてるんだよ俺。年末になにやってんだか。。
Posted by グリー at 2011年12月28日 03:23
まだまだしてる人私の周りでも多いよ!私はあんまり魅力感じないんだけど。
一々自分の行動周りに教えて何がしたいんだって思うんだよねw
Posted by ツイッター at 2011年12月29日 07:52
携帯ゲームの地位を高めたのはこやつのおかげでないかい?携帯ゲームと侮る無かれ超クオ高の品質にゲームのみならず他社をも受け付けないコミュニティサイトの充実っぷり。CMのキャスト見ればどれだけうちが凄いかわかるはず。
Posted by モバゲー at 2012年01月14日 03:17
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Posted by 逆ナン at 2012年02月12日 02:29
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Posted by みゆう at 2012年03月01日 12:52
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Posted by さら at 2012年03月14日 02:13
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Posted by Love Memories at 2012年05月05日 14:45
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