2007年02月26日

【第052章】

 寮に戻り、思いがけず楽しく安逸な暮らしをしているうちに、困ったことが二つあった。
 ひとつは、大学の単位であり、もうひとつは目の前の金銭の問題だ。
 親からも仕送りを受け、奨学金をもらいながら、何が不足だったかと思うのだが、思えば平気でタクシーを乗り回し、連夜酒を飲み、タバコを吸い、そしてしばしば、安くない服を買っていた。
 今思うと、馬鹿な話である。

 ある人に、
「そりゃあ誰でもそうだろう」と言われたのだが、俺は、預金はともかく、財布の中に金があると、明るくなれる。
 寛大になり気前よくなり、かつ慎重になり、倹約すらできる。
 ただ、目の前に、懐に金が乏しくなると、俺はうろたえ、セコくなり、猜疑心と嫉妬にさいなまれ、あげくに浪費をしてしまう。
 あの日々、いくらがマネークリップに挟まっていたのか、今では思い出すよしもないが、俺は《ひびき》へ行くことにした。

 《インターフェース》の時代から、当時は月々の賃金を14〜15万、現金入りの封筒でもらっていた。
 勢いで《ひびき》を飛び出したものの、その月の分、概算で7、8万円は、もらう権利があると見積もっていた。
 《ひびき》の経理や総務が、どこにどのようにあったのか、記憶がない。
 俺が向かったのは、社長室だった。

 どんな礼儀といいわけをしたんだったか、記憶にない。
 とにかく、もらうべき給料をもらいに来たとO村社長に告げた。
 O村社長は、内線で一報し、あっという間に、俺の給料袋が届けられた。
 きちんとした会社だったということだ。
 O村社長は、俺の辞意を泰成さんからすでに聞いていたためだろう、厄介者を追い払うような調子だった。
 俺は、泰成さんに言われた言葉を実践した。
「こう言うのはなんなんですが……」
「なんだ?」
「僕がお休みをいただいている間に、賞与が出たそうで……」
「なんだと?」
「僕も契約社員ではありましたが、査定期間に入っていると思うんですが」
「おまえなー」
 O村社長の顔は紅潮し、俺もまた身が縮み上がった。
 O村社長はしばし俺をにらみつけた後、玉虫色を帯びたグレーのスーツの内ポケットに手を入れ、財布を取り出した。
 親指を舐め、素早く札を繰り、5万円を取り出して、俺に差し出した。
 蝙蝠安よろしく、それを押し頂く俺。
 みじめに感じないわけではなかったが、旅の恥はかきすて、のような気分だった。
 俺は《インターフェース》の部屋に立ち寄ることもなく、足早に《ひびき印刷》を後にした。

 15万円ほどの札を二つ折りにすると、けっこうな厚みになる。
 尻ポケットのその厚みは、つまりは俺の安心感だった。
 この界隈に来ることももうなかろうと思い、俺は馴染みだった定食屋で、定番メニューだった牡蠣のてんぷら定食を注文し豚汁を追加した。
 さよなら、水道橋……とつぶやきながら、新目白通りを本部キャンパスに向かって歩いた。
 
 大隈翁像前の図書館に入ったんだったと覚えている。
 ぬくぬくと暖かかった。
 文学部の図書館とは蔵書が違っているうえ、システムはカード式だったと記憶している。
 何の本を手に取ることもなく、空いた椅子にもたれこんで、食後の居眠りをした。
 
 まどろみから醒めると、汗ばんでいて悪寒がした。
 目の前の景色に現実感がなかった。
 もっと馴染みの場所に近づこうと、文学部への坂を上った。
 15時を回ったころだと思う。
 掲示板のそばをうろついていれば、祥子と出会えるだろうと思った。
 会ったら、コーヒーを飲みに誘い、何か少しリッチな夕食に誘ってもいい。

 果たして、祥子は現れた。
 思いがけないところで俺を発見し、うろたえたような表情が走った。
「何してるの?」
「君を待ってたのさ」

 俺はコーヒーに誘ったが、彼女は外せない授業があるという。
 聞くと「神仏混淆美術」のある授業で、俺はとっくに棄てていた単位だ。
 90分後に再会することを約束して、俺は校舎の中をさまよった。
 廊下をふらふらあるいているある教授と出くわした。
 なぜゆえふらふらしているかというと、この先生、昼間からいつも酔っているのだ。
 俺が受けた授業は、イギリスの旧い詩人ジョン・ダンとその時代に関する教科書だった。
 授業の内容は、ダンの詩の分析などではなく、その当時の英国の野蛮な風俗について、あたかも見てきたように語るという一風変わったやつで、その合間合間に、古語が多くてかつ難解なダンの詩を詠唱するのだ。
 教室はいつも酒臭く、学生たちの評判はあまりよくないようだったが、俺はこの先生の授業が好きだった。
 先生自身が酔いどれ詩人だった。
 *先生の著作は未だに大事に保管している。その名前を検索してみると、思いのほか多くの本を出版されていることがわかった。どれもロンドンとかワイセツとかポルノとか盗賊とかがキーワードになっている。
 俺は前年にその教授の単位を取得していたので、その年はお世話になってはいなかったんだが、ふとその先生(X先生と呼ぼう)の授業に出てみようかと思った。

「先生、これから教室ですか?」
 先生は、脂で汚く曇った分厚い眼鏡を押し上げると、俺の顔をじーっと覗き込んだ。
「ああ、キミか」
「覚えてらっしゃいますか?」
「ウン。優秀な学生のことは忘れない」
 酔った上での言葉、俺の名前を覚えていたはずはないと思うが、《優秀》というのはあながち嘘ではなかった。
 が、冗談のような話である。
 俺がかつて取得した先生の単位は、その著作を読んで感想をまとめるというやつだったんだが、俺はよい成績をもらい、じきじきにハガキまでいただいていたのだ。
 なぜハガキが来たかと言えば、それは俺がレポートの期限に間に合わず、あるいは投稿するのが面倒だったので、溢れんばかりの賛辞に満ちたレポートを、著作の奥付にある先生の自宅に直接送りつけたためだ。
 めろめろの文字で書かれたそのハガキは、今も手紙箱の中にある。
 内容は、ほぼ以下の通り。

 とても優秀な論文。さらなる勉学と研究を期待します。貴君トリプルA約束。
 自宅そば駐車場の誰かの汚い車の屋根にて記 X・M


「久しぶりに先生の講義に出てみます」
 X先生は壁に手をついて「ウーム」と言ったかと思うと俺の腕を取り、来た道を引き返した。
「やめだやめだ。やっとられん」
 先生は危なっかしい足取りで階段を上り、研究室に俺を招き入れた。
 青い線の入った湯飲みを2つ取り出すと、見たことのない銘柄のスコッチウイスキーを取り出して、なみなみと注いだ。
posted by TAKAGISM at 00:00| Comment(0) | ササイのことで思い出した