2007年02月21日

【第047章】

 江戸屋で小松君と会い、話すようになってから、何度目のことだったろう。
 なんど訊いても曖昧にはぐらかされていた彼のココロザシというやつを、聞かされた。

「劇作家を目指しているんだよ」
 およそそんなところではないかと思っていたが、いい気持ちはしなかった。
 ここでも俺は、自分の「望まないデュープ」を見たからである。

「シナリオライター?」と、かろうじて聞いてみた。
「いや、舞台にかける芝居だよ」

 小松君はその日、珍しく手ぶらではなく、かなりくたびれた黒い革鞄を提げていた。
 彼はその中からぶ厚い原稿用紙の束を取りだした。
 俺も昔から原稿用紙には馴染みがあった。400字詰めのその束は、ざっと見たところ250枚くらいありそうだった。
 
「ほかならぬタカギ君だから、読んでもらおうと思って持ってきた。一大決心」
「いまここで?」
「まさか。そんなにすぐには読めないだろう。鞄ごと持って帰って、ゆっくり読んで、感想を聞かせて欲しい」
「だけどこれ、生原稿でしょう?」
「いいんだよ、紛失さえしなければ」

 その原稿を読むという理由だったか、それとも他にわけがあったのだったか、その夜は遅くまで飲むことなく、早く別れた。
 9時より前だったと記憶している。
 はじめ俺は、学校の図書室にでも行こうかと思ったが、もう閉門の時刻が迫っている。
 とはいえ、なぜだか祥子の部屋に向かう気にはなれなかった。
 けっきょく俺はとりあえず、これもやはり江戸川橋商店街の中にある喫茶店に入ったんだった。

 原稿用紙は、右端が黒い紐でとじられてあった。
 千枚通しではなく、パンチで大きな穴を空けてあるので、元に戻すことは可能と判断して、ひもをほどいた。
 今もそうだが、俺は文章を読むのが早くはない。というよりか、文芸作品には、速読では失われてしまうものがあると信じている。
 それゆえ、コーヒーが出るのを待つ間、タバコに火をつけて、表紙を眺めていた。
 表紙には、原稿用紙を正しく使って、『五円の夜』とあった。

 主人公は、夕食の後でタバコを切らす。
 妻に買いに行かせようとするが、妻はいやがる。
 仕方なく自分で出かけようとするのだが、ポケットを探ってみると、タバコ銭には5円足りないことに気づく。
 主人公は妻に金をくれるように言う。
 妻は拒否するのみならず、家計の窮乏を訴える。
 主人公は狼狽しながらも、タバコ銭すら出せないことはないだろうと怒る。
 妻とのいさかい。
 主人公は激昂して、たったいま質素な夕餉を終えたばかりのちゃぶ台をひっくり返す。
 暗転。

 ここまでが一幕である。
 俺は暗然とした。
 なんなんだこれは?!
 太宰治か?
 時代背景はそもそもいつなんだ?
 それに、やっぱり、ちゃぶ台か……。
 ここまでで、コーヒーは空になり、灰皿は吸い殻でいっぱいだった。
 壁の時計は10時を回っている。
 先を読み進みたい気持ちを抑えて、俺は喫茶店を出た。
 
 これはとんでもない《実存主義文学》なのか、それとも何かの冗談なのか。
 俺はその時点でまったく判断しかねた。
 文字はしっかりした鉛筆書きの楷書だったが、ト書きの多い、お世辞にも読みやすいとは言えない戯曲だった。
 そのうえ台詞は、俺の目から見ても生硬で、ムダも多かった。
 しかし、ある種の異様な迫力を覚えたのは事実である。

 電車を乗り継いで寮に帰った。
 机に向かい、『5円の夜』の先を急いだ。

 主人公は工場労働者だ。
 単純労働に明け暮れている。
 赤い腕章をつけた同僚がやってきて、今の労働状況と賃金に関して主人公に意見を求める。
 主人公は「難しいことはわからねえけど、俺はゆうべ5円足りなくてタバコが買えなかったんだ」と言う。
 赤い腕章は、主人公の機械を止めさせ、タバコを勧める。
 そこに社長がやってきて、サボタージュをなじる。
 赤い腕章と社長の口論。
 仲裁する主人公。
 機械が次々と止まり、周囲から社長ににじり寄る労働者たち。
 暗転。

 これが二幕だった。
 俺は愕然とした。
 どうなるんだこの先?!
 小林多喜二か?
 フーテンの寅さんが現れないところを見ると、喜劇ではないようだ。

 この先は、すごいことになる。
 
 主人公は赤い腕章をつけて、労働争議の中にいる。
 社長をやり玉に、《権力の走狗》とか《経営者による搾取》などという、当時ですらキャンパスでよく見かけた過激派のタテカンみたいな台詞が飛び交う。

 場面が変わって、妻との愛欲場面。
 ことが済んで、眠りこける妻の横で、考えにふける主人公。

 深夜にもかかわらず訪問者。
 例の、彼をオルグした活動家。
 ピストルを預かれと言う。
 
 おいおい、どうなるんだ?

 刑事がやってくるが、ことなきを得る。
 妻がピストルを発見して主人公を問いただす。
 主人公は、この世の矛盾と、バブル経済の破綻を予言する。

 時代はいつなんだよ、ってば!

 そしてあれこれ、いろんなことがあって……だ。
 最後に主人公は、
「俺たちにも、俺たちの運命を決める自由意思はあるんだ!」と叫び、妻に向かってピストルをぶっ放す。
 妻は死ぬ。
 そして自分のこめかみにピストルを押し当て、引き金を引く。
 幕。

 俺は、文字通り、頭を抱えてしまった。
 両手で頭をはさんで、机に突っ伏してしまった。
 
 これを、どの劇団が、どの劇場で上演するというんだろう、と思った。
 けれどもしかして、そういう劇団は実在するのかな、とも思った。
 とにもかくにも、このような「ブンガク」の作者と、俺はいっしょになってホッピーを飲んでいたわけか。
 
 では俺がそれまでに書いてきた詩や雑文、あるいは先だって212Fで書き上げたあの《近未来小説風》は、これとどこが違うんだろうか?
 俺は真面目に考え込んでしまった。

 情けなかった。
 アマチュア、シロウト、っていうのは、かくも惨めなものかと思った。
 もちろん、自分をも含めて、だ。
 というよりむしろ、自分が惨めだった。
 
 眠れない夜になりそうだ。

 俺はそれでも、若さゆえの純情だったんだと思う。真面目な感想文を書くことにした。
 ワープロの電源を入れるのではなく、オニオンスキンの便箋を取り出し、愛用の万年筆にインクを入れた。
 
 丁寧な長文を書いたのだったが、最後の部分を思い出しながら再現してみる。

 ……
 結末に救いがなさ過ぎるように、僕には感じられました。
 しかし、このお芝居に、救いは必要ないのかもしれません。
 だとすれば、もっと恐ろしい悲劇が描けると思います。
 僭越かもしれませんが、僕なら以下のように書くと思います。
 
 主人公が、こめかみに当てた銃は、不発であった。
 何度引き金を引いても、弾は出ない。
 主人公は狼狽して、拳銃をあらためる。
 弾丸が一つしか入っていなかったことを知る。
 主人公は天を仰いで慟哭する。

 この方が、もっと悲劇だと思いませんか?


 精一杯の感想文だった。

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 翌日、俺は出勤前に、小松君の勤める会社を訪ねた。
 元通りに綴じた原稿を納めた鞄を返した。

「どうだった?」
 小松君は目を輝かせていた。
「そうかんたんに一言では言えないから、長い感想文を書きましたよ」
 俺は、封をした感想文を手渡した。
「ありがとう。昼休みにゆっくり読むよ! 話の続きはまた!」

 俺はそれっきり、二度と《江戸屋》には行かなかった。

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 上の段落までで、じゅうぶんだとは思うが、ここでも、その《理由》を書いておいた方が、誤解が少ないだろうか?
 あるいは、蛇足は誤解をいや増すだろうか?

 いいさ。
 今俺が書いているこの駄文がブンガクなんかじゃないと思ってるからこそ、書こうよ。

 俺は、彼とこれ以上、ブンガクやテツガクを語るのが、怖くなったのだ。
 誓って言うが、彼が稚拙な「プロレタリアート文学風・実存主義的悲劇」を書いていたことを軽蔑したわけではない。
 それは、とにもかくにも結末のある、れっきとした作品だったわけだし。

*むしろ、今思うと、あれはたいした珍作だった。少なくとも、書きかけて終わっていないシナリオなんかより、ずっと立派だった。

 しかし、俺はただひたすら、彼の住む世界にあるらしい、はっきり言うが、腐ったまんじゅうに生えた白カビのようなものを、全身から、払い落としたかったのだ。

 もっと言おうか。

 若僧の俺の判断ではあったにせよ、どうにも才能がないと判りきってしまった人間と、これ以上の時間を過ごしているヒマは、自分にはもうないと感じたのだ。
posted by TAKAGISM at 00:00| Comment(0) | ササイのことで思い出した